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「気づくかなテスト」はショートレンジで(コミュニケーションのヒント)

人に仕事を教えるときの注意点の話です(以下では、便宜上「先生」と「生徒」という表現を使いますが、「上司」と「部下」あるいは「先輩」と「後輩」などと読み替えてください)。

仕事を人に教えるとき、しばしば「気づくかなテスト」をしたくなるときがあります。

【先生の心の中】
よし、生徒はここまでで、基本的な技能を身につけたはず。では少しまとまった仕事を生徒にさせてみよう。でも全部教えてしまってはまずいから、《情報の一部を教えないでおく》ことにしよう。生徒はちゃんと《気づくかな》?

ものを教えたことのある人は、この(先生の心の中)に書かれている気持ちはよくわかると思います。このような「気づくかなテスト」は大切なのですが、使い方を間違えると非常にまずい結果を生むことがあります。以下に例を示します。

【×「気づくかなテスト」の失敗例】
先生「じゃ、これで、開発環境XYZの使い方は一通り教えたことになる。ここからは実際に開発環境XYZで大きなプログラムを作ってもらう」
生徒「はい、わかりました。がんばります」
先生「マニュアルはここにあるし、作ってもらうプログラムの仕様書はここだ。じゃ、〆切は10日後のこの日にしよう」
生徒「はい…」

先生の心の中はこうです。 → 開発環境XYZは、マニュアルからは読み取れないちょっとしたクセがある。だから、実際のプログラムを組む前に設定を直して置かないと完成は難しい。でも、まあ、そのくらい《気づくかな》。ちゃんと理解していれば気づいてもよいはずだが。

(10日後)

先生「さあ、できたかな」
生徒「すみません。いちおう形にはなったんですが、どうしても結果が合わないんです。かなりがんばったんですが、いくらマニュアルを読んでも…すみません」
先生「そうか。気づかなかったか。実は開発環境XYZにはね、クセがあって設定を最初に直しておく必要があるんだ」
生徒「それは…マニュアルのどのあたりに…」
先生「いや、マニュアルには書いてない。でも、ここまでの内容を理解していたら気づいてもよい内容じゃないかな」
生徒「あ…そう、ですか…」

生徒の心の中はこうです。 → 先生!それはちょっと酷くないですか?じゃ、この10日間は何だったんだ?

さて、上の例を見て、みなさんはどう思われましたか。

・先生は、「ちゃんと理解していればこのくらい気づくはず」と思って課題を出した。
・生徒は10日間がんばったが、先生が《気づくかな》と思った情報には気づかなかった。そのため長い時間苦労した。
・先生は、気づかなかった生徒の理解度をはかることができた。
・生徒は、先生が《必要な情報を隠していた》と見なしてショックを受けた。

この生徒は「かなりがんばる」前にきっと先生に問い合わせに行くべきだったのかもしれません。しかし、結果として、この先生は基本的な信頼を失ってしまったことになります。これは今後の指導においてよくない影響を与えてしまうでしょう。

しかしながら、生徒の理解度をはかる上で「気づくかなテスト」は大切です。では、どうしたらよかったのでしょう。

いろんなやり方がありますけれど、「気づくかなテスト」はショートレンジで使うのは一法です。ショートレンジ、すなわち短い時間だけ使うのです。生徒に情報を与えない時間をあまり長くしすぎないようにしましょう。

【△「気づくかなテスト」を比較的うまく使った例】

先生「じゃ、これで、開発環境XYZの使い方は一通り教えたことになる。ここからは実際に開発環境XYZで大きなプログラムを作ってもらう」
生徒「はい、わかりました。がんばります」
先生「マニュアルはここにあるし、作ってもらうプログラムの仕様書はここだ。じゃ、〆切は10日後のこの日にしよう」
生徒「はい…」
先生「〆切は10日後だけど、まずは今日一日作業を進めてみて、何か大きな問題があったら、明日質問するように」
生徒「わかりました」

(次の日)

生徒「先生、すみません。仕様書の中にあるサンプルAを試したんですが、結果がいつもずれるようなんです。マニュアルもかなり調べたんですが、これはこれで正しいんでしょうか」
先生「そうか。気づかなかったか。実は開発環境XYZにはね、クセがあって設定を最初に直しておく必要があるんだ」
生徒「それは…マニュアルのどのあたりに…」
先生「いや、マニュアルには書いてない。でも、ここまでの内容を理解していたら気づいてもよい内容じゃないかな」
生徒「うーん、そうですね。わかりました。設定を直して先に進みます」

こちらの例では、生徒が苦労した時間は一日だけでした。先生は生徒の理解度を知ることができましたし、生徒の方も失ったのが一日だけなので「わかりました」と受け止めることができました。

先生が生徒にわざと情報を与えず、「気づくかなテスト」をするときには、「あまり長い時間ひっぱらないようにする」のが無難です。さもないと、生徒の感情的な反感を買ってしまい、結果的に、信頼関係に基づいたやりとりを破壊してしまうかもしれないからです。

もちろん、ここに書いたことはケース・バイ・ケースです。教える内容、先生と生徒の関係、生徒の性格などによって「気づくかなテスト」を安全に用いることができる期間は大きく変化するでしょう。でも、「気づくかなテスト」は「生徒との信頼関係を損なう危険性がある」と自覚しておくのは大切なことですね。

※Photo by webtreats.
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