ふと思ったんだけど、「投げ銭」スタイルと表現するとコンテンツではなく作者の行為に料金を支払うイメージがあるけれど、noteの場合には購入するとそのコンテンツがメールでやってくるし、たとえ作者がノートを削除しても購入者はライブラリで見られるんだから、ちょっとズレがありますよね。

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結城浩

書籍執筆者。著書に『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など。http://bit.ly/hyuki-mm にて「結城メルマガ」をnote配信中。https://bit.ly/girlnote にてcakes連載中。2014年度日本数学会出版賞受賞。

「投げ銭」スタイル

「投げ銭」スタイルについての文章と、動画解説です。
1つ のマガジンに含まれています

コメント5件

そしてこのトークノートを『「投げ銭」スタイル』マガジンに入れておく。
日本の「立ち読み」という行為を考えると、普通に紙の本を買うのも、ある意味では「全文無料で読めるんだけれど、自分の手元に置きたかったらお金を払う」に近いのかな、と感じました。
美術品の所有に似ていそうですね いつでも見たい、それを持っていることを誇りたい諸々所有するのには理由がありますが、美術そのものは写真にも撮られていますし、教科書にのるものもあります。特に人口に膾炙することが値段と相関しているので、「価値ある」と判断されたアートは押し並べて、アナロジカルに言えば「全文無料」で読めるのではないでしょうか
作者の行為ではなく,ユーザの「読む」行為にお金をはらうイメージでしょうか。
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