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作品を書く人は「言い訳」をしない(文章を書く心がけ)

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年7月12日 Vol.224 より

作品を書く人は、言い訳をしません。

ここでいう「言い訳」というのは「本当の言い訳」のことです。

創作者はいくらでも作品中で「見かけ上の言い訳」をします。それは作品の中に組み込まれていて、一定の効果を狙って書かれているものです。いまから書くのはそういう「見かけ上の言い訳」ではなく、作品外で作者が語る「本当の言い訳」の話です。

「本当の言い訳」というのは、作品とは別のところで「いやあ、今回は時間がなかったから……」や、「次回は頑張ります」や、「ほんとうは別の話にしたかったんですよね」のような文章をいいます。

作品を書く人は、言い訳をしません。

どうして作品を書く人は言い訳をしないかというと、読者にとって意味がないからです。だって、ほとんどの読者にはその言い訳は届かないから。

言い訳というのはメタ情報です。情報に関する情報。作品自体ではなく、作品を補足するための情報です。ほとんどの読者には、作品として提示された情報しか届きません(そもそも、作品すら届かないかもしれないのに)。読者にとっては、受け取った作品がすべてです。読者は、作品を通じて理解し、判断します。それは、当然のことです。

作品がすべてなんだから、作品を書く人は、言い訳をしません。

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むかしむかしのこと。

結城が生まれて初めてコンピュータ雑誌に原稿を書き始めたとき、用事があって編集部にいきました。そのとき担当の若い女性編集者から二つのことを教えられました。

一つは、自分が編集部で食べたお弁当の箱は自分でゴミ箱に捨てること。もう一つは、文章を書くとき一部の読者にだけ通じる「内輪受け」を書かないこと。いまでもよく覚えています。

この二つ、言い換えると「馴れ合うな」ということです。出版社と読者に対して親しくなるのはかまわない。しかし、悪い意味で「馴れ合うな」ということです。

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別の編集者から、こんな話を聞いたことも思い出します。

「作品を書いてひとさまに見せてお金を取るなら、《セミプロ》を名乗るな。《セミプロ》ではなく《プロ》であれ」

そんな言葉を聞いたことがあります。その編集者によれば「セミプロを名乗ると甘えが出る」とのこと。「自分はセミプロだよ」といえば、アマチュアに軽く自慢ができるし、その一方でプロからの厳しい指摘を回避する「言い訳」になりかねない。だから、セミプロを名乗らずプロであれ、とその編集者はいいました。

一理あるアドバイスだと思います。

そのアドバイスにより、結城はセミプロを名乗ったことがありません。まあ、プロでございといったこともありませんけど……あったかな? 「アマチュアなのでご勘弁」とはよくいいますね(←ダメじゃん!)。

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軽口はさておき。

結城は、仕事をする上で、他人をできるだけ気にしないようにしています。

他人の活躍をうらやんだり、他人の失敗や苦労を喜んだり、そんなあさましい気持ちにならないようにと心がけています。むしろ逆です。自分よりも活躍している人を見たら喜び、うまくいってる人をほめたたえるようでありたいと願います。それは、よい世界を味方にすることに通じるからです。

あるべき姿で活躍している人に拍手する。思いがけずつらい思いや、痛みを覚えている人のために祈る。それは、誰にも見えない《自分の中の小さな気持ち》かもしれません。

でも、自分という存在は、その《自分の中の小さな気持ち》がたくさん集まったものなのです。ちょうど、一秒がたくさん集まって一年を作り、一年がたくさん集まって一生を作るように。

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濁りに濁ったソウルジェムで、綺麗な歌が歌えるか。

意地汚い心を良しとして、正しい道を語れるか。

つい怒ったり、つい妬んだりするのはしょうがない。でも、怒り続けるな。妬み続けるな。継続とは、自分の意志であり、自分の選択だから。

つい「言い訳」してしまうのはしょうがない。でも、作品を書くたびに「言い訳」し続ける選択を、私はしたくない。

結城は、そんなふうに思っています。

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以上「文章を書く心がけ」のコーナーでした。

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