ゼロで割ってはいけない理由
質問
結城先生に質問です。
どうして「ゼロ割り」はだめなのですか。
回答
通常の数学では「ゼロ割り」すなわち「何らかの数を$${0}$$で割る」計算はできません。これに違和感を持つ方はたくさんいらっしゃいます。また何となくの直感で「ゼロで割るとゼロだろう」と考えたり「ゼロで割ったら無限大になるのでは」と考えたりします。
注意点は二つあります。一つはゼロで割ったらどうなるかというのは、直感でわかるものではなく定義するものであるということ。もう一つは数ひとつで考えるのではなく理論としての整合性を考えるということ。
以下では、ゼロで割ってはいけない理由を「整合性」ということを中心にして具体的にお話しします。
たとえば「$${3 \div 0}$$」を計算した結果が「$${A}$$」という数になったとしましょう。このとき「$${3 \div 0 = A}$$」という等式が成り立ちます。「$${3 \div 0}$$」が表すものは数であり、しかも「$${A}$$」という数に等しいという意味です。
「$${3 \div 0 = A}$$」が成り立つのですから、両辺に$${0}$$を掛けて計算すると「$${3 =A \times 0}$$」が成り立つことになります。すると$${A}$$という数は「$${0}$$を掛けているにもかかわらず$${0}$$にはならず、$${3}$$に等しい」という不思議な数になります。
「$${0}$$で割ってはいけない」という$${0}$$だけの特別なルールがいやだからといって、それを認めてしまうと今度は「$${0}$$を掛けているにもかかわらず$${0}$$にならない$${A}$$という数」が誕生してしまうことになったといえます。
整理しましょう。よく考えると、次の(1)(2)(3)という三つすべてを満たすことは「不可能」であることがわかります。
(1)$${3 \div 0}$$は数である(すなわち、ゼロ割りを許す)
(2)$${B}$$を数としたとき、$${3 \div B}$$が数なら、$${(3 \div B) \times B = 3}$$である(すなわち、割り算して掛け算したら元に戻る)
(3)数に$${0}$$を掛けたら$${0}$$になる
ゼロ割りを禁じるというルールは(1)を断念している代わりに(2)と(3)を守っているといえます。
「ゼロで割ったら無限大」という理論を考えてみましょう。この場合「無限大」は数であるかという疑問が生じます。もしも「無限大」は数ではない何かだとするならば、上記の(1)を断念していることになります。もしも「無限大」も数であるというならば、(2)か(3)を断念することになります。
「ゼロ割り」を許す理論を作ることは可能です。その場合でも(2)か(3)のどちらかは断念することになります。(1)(2)(3)のすべてを満たすことは不可能だからです。
以上で、ゼロで割ってはいけない理由を「整合性」という観点から説明しました。
こういった問題を考えるためには「数とは何か」という問題をしっかり考える必要があります。
ゼロ割りはどうしてだめなんだろうというのは、とても自然な疑問です。$${0}$$で割れないと言われると、いや割れてもいいのではないかと思いたくなります。そのときに数学では、$${0}$$という単独の数で考えるのではなく、数と数との関係や、$${\times}$$や$${\div}$$のような演算との兼ね合いを考えていることに注目しましょう。
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