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美を追い求める者は、必ずや美を見出す / ビル・カニンガムの言葉より(文章を書く心がけ)

※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです(結城メルマガVol.071より)

■映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」

先日「ビル・カニンガム&ニューヨーク」という映画を観ました。レイトショー、というほどではないのかな。午後6時過ぎに始まる回を家内と二人で観ました。二人で映画を観るというのは久しぶりかもしれません。

この「ビル・カニンガム&ニューヨーク」という映画は、ある一人のファッションカメラマンのドキュメンタリーです。このカメラマン(ビル)は84歳という高齢でありながら、毎日ニューヨークの街角で一般の人の写真を撮り続けています。ニューヨークタイムズにコラムを持っていて、そこに写真入りの記事を書いているのです。

以下、公式ホームページから引用。

ニューヨーク・タイムズ紙の人気ファッション・コラム「ON THE STREET」と社交コラム「EVENING HOURS」を長年担当するニューヨークの名物フォトグラファー、ビル・カニンガム。
◆ビル・カニンガム&ニューヨーク(作品紹介)http://www.bcny.jp/about/

もしかしたらファッションに詳しい方ならご存じだったかもしれませんが、私はまったくそういうことにうといので、今回の映画で始めてこの人の存在を知りました(そもそも今回の映画を見つけてきたのは家内ですし)。

私はファッションにはまったく興味がないのですが、どうしてこの映画を観たいと思ったかというと、ビルの生活に非常に興味をそそられたからです。以下、鑑賞後の情報も交えて少し書きます。

ビルは自分自身のファッションに興味がありません。街行く人のファッションにはたいへん敏感で、ビルのコラムがトレンドを作り出すこともあるのに。ビル自身はいつも同じ青い作業服を着て、雨が降ったら安物のポンチョを着る。ポンチョが破れたらガムテープ(!)で補修して着る。

ビルは自分の住まいに興味がありません。自分の部屋にはネガが入ったキャビネットが並び、キャビネットにハンガーをぶら下げてそこに服を掛ける。キャビネットの間にベッドを置いて寝ている。

ビルは自分の好きなことを生き生きと続けています。ビルはいつもにこにこと笑顔です。そして、50年以上写真を撮り続けています。ほんとうの意味で人生を楽しんでいる人の姿です。

……結城は、このような人の生き方と自分の生き方を重ねて考えます。私も自分の好きなことを続けていますが、ここまで徹底はしてないなと思います。そして、元気をもらいました。好きなことを続けていいのだと意を強くしました。

ビルには行動規範のようなものがあります。たとえば社交界のパーティ取材をするときに、会場の人から食事や飲み物を勧められてもいっさい断る。中立性を保つために水一杯ももらわないようにしているのだとか。

また、どんなに有名人であっても関心はない。ビルに関心があるのはファッションです。ですから、ビルの眼鏡にかなうファッションでなければ、有名人であるからといってニューヨークタイムズのコラムには載せない。ただ黙殺する。しかし、悪意のある写真の掲載は絶対にしない。

ビルは自分の行動規範をきちんと守って、守り続けて仕事と生活をしているようです。

映画の中でいつもにこにこしていたビルが急に真顔になって無言で真剣に考えたシーンがあります。それはインタビューアがビルに「信仰」について聞いたときでした。毎週日曜日に教会に行っているビルは、信仰について、長考の後に「自分にとって必要なものである」と答えました。それも私の印象に残りました。

わずか90分足らずの短いドキュメンタリーでしたが、私はたいへん満足しました。このような映画を見つけてくる家内に感謝です。おそらく私ひとりだったら絶対に見つけられず、観にいかなかった種類の映画でしたね。

おしゃれで、楽しく、そして深く自分の仕事について考えさせられる。

「ビル・カニンガム&ニューヨーク」はそんな「大人の映画」でした。

こちらにトレイラー(予告編)があります。

◆『ビル・カニンガム&ニューヨーク』予告篇
http://www.youtube.com/watch?v=x2HU-iaiPgo

■ビルの言葉から

さて、そんな映画「ビル・カニンガム&ニューヨーク」ですが、ビルの仕事に対する態度についてはたいへん学ぶことがあります。以下では映画中に出てきた「ビルの言葉」を紹介し、結城自身が思うことを書いてみようと思います。ビルの言葉は、公式Webサイトからの引用です。

◆ビル語録http://www.bcny.jp/billswords/

●"美を追い求める者は、必ずや美を見出す"

ビルは女性の美しいファッションを写真に撮り続けます。毎日毎日とても楽しそうに見えます。ビルは自分が求めているものをよく知っていて、それを毎日追い求めています。そして、きっとそれを見いだしているのでしょうね。

このビルの言葉で思い出しました。これも誰かの言葉だと思うのですが、最近よく

 「人は結局、自分の求めるものを得ている」

と思うことがあります。若いときにはこういう言葉には多少の反発を覚えたものですが、最近はしみじみと「そうかもしれない」と思うようになりました。

 「人は結局、自分の求めるものを得ている」

美しいものを求める人は、美しいものを得るし、正しいものを求める人は、正しいものを得る。シビアなのは「自分が真剣に求めるものは得られるけれど、それほど真剣に求めないものは得られない」という点です。

あるいはまた「自分がAよりもBを真剣に求めたなら、AよりもBを得るだろう」ということになります。すごく卑近な例でいえば、ダイエットです。要するに「おいしいもの」と「太らないこと」のどちらを求めるかということですね。

若いときには「いくら真剣に求めても得られないことはあるじゃないか」と反発を覚えたものですが、最近は自分の人生で得られなかったことを振り返るなら、「いや、理屈ばかりこねていて、真剣には求めていなかったなあ」と思うようになりました。

●"着る女性がいない服には興味がない"

これはビルが服を見るときのポイントだそうです。ファッションモデル以外の人、普通の女性が着られる服かどうか。それを判断するのだそうです。なるほど。

この言葉で思い出したのはコンピュータ科学者のKnuth先生が、The Art of Computer Programmingの冒頭に書いていた言葉です。Knuth先生はアルゴリズムをライフワークにしているのですが、それでも自分の本であまり取り上げないたぐいの問題があります。

それは、規模があまりにも大きすぎて実際にはプログラミングできないような種類の問題だそうです。もちろん理論的に漸近的な振る舞いは研究するのだけれど、実際のプログラミングの場面で絶対に出てこないようなものについては軽い扱いをするという趣旨のことが書かれていました。

ビルが「実際に普通の女性が着られる服」に関心があることと、Knuth先生が「実際にプログラミングに登場するアルゴリズム」に関心があることの間に共通点を見いだしたようでおもしろく感じました。

ところで、自分は?

私は何に関心があるんだろう。

そんなふうに自分に問いかけてみると、結城は、「実際に自分が理解できる問題」に関心があるようです。あたりまえといえばあたりまえですかね。

それが数学であれ、プログラミングであれ、文章で何であれ、ちょうど自分の理解の最前線にあるような問題。自分でこねくり回し、形を整え、「これってこうじゃないかな」と自分の言葉で語れる問題。そういうものに関心があるようです。

逆の表現をすれば、自分の理解の及ばないほどむずかしい問題にはあまり関心がない。それは、自分が関わる問題ではないと思っているのかもしれません。

易しすぎて関心がないという問題は少ないです。なぜなら、問題そのものは易しくても、それをどう書き表すかはそれなりに難しい問題だからです。

●"すべきことは3つ"

自分の仕事に関するビルの語録から:

第一にコレクションを撮る、次に街の女性の自腹ファッションを撮る、最後にパーティに出席する。すべて見なければレポート出来ない。

ここではビルがバランス良く自分のファッションセンスを磨いている様子が伝わります。ビルは単に自己流で街のファッションを撮影して終わりにしているのではない。

コレクションを撮影するのは服を作り出す側の動向を見るのでしょう。街の女性を撮影するのはファッションが「普通の人々」にどう位置づけられているかを見るのでしょうか。パーティを撮影するのは社交界でのファッション動向を見るのでしょうか。

いずれにしても、ビルは勝手に動いているのではなく、きちんと勉強しているのです。バランスよく自分を整え、センスを磨き、目を養っているのです。

そういえば、映画の中でパリコレクションを撮影することに対して「目の勉強」と表現していたように記憶しています。

自分はどうだろう?

私(結城)がもしも、

 「仕事に関して、あなたのすべきこと3つは?」

と問われたら、なんと答えるだろうか。そしてそれを実行しているだろうか。

暫定的に答えるなら、私がすべきことは3つは

 ・読むこと
 ・書くこと ・考えること

になるだろう。しかしこれでは粒度が大きすぎる気もするが。しっかりと、確かめる必要がありそうだ。

 ・自分は、読むべき文章を読んでいるか。
 ・自分は、書くべき文章を書いているか。
 ・自分は、考えるべきことを考えているか。

そして、それを続けているか。

人生は短い。

ビル・カニンガムは84歳。

私は現在50歳。

いまから34年後にも、私は生き生きと読み・書き・考えているだろうか。

ほんとうに追い求めるべきことを求めているだろうか。

ビルの言葉に、私はそんなことを思うのです。

 * * *

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※Photo by Walt Stoneburner.
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本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。

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