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難しいことを書きたくなる衝動をどう抑えるか(本を書く心がけ)

質問

数学書を書くときに、難しいことを書きたくなったりすることはありませんか。

私も数学書を書いていますが、つい、想定する読者レベルを超えて難しいことを書きたくなってしまいます。

どのようにしてそのような衝動を抑えればいいと思いますか。

結城浩のメールマガジン 2018年10月2日 Vol.340 より

回答

結城が書いているものは数学書といえるのかどうかわかりませんが、本の書き手という意味では同業者さんですね。ご質問ありがとうございます。

結城の場合を振り返ってみます。確かに「難しいことを書きたくなる気持ち」になるときはあります。でもより正確に表現するなら「難しいことを書きたくなる気持ち」というよりも「自分がせっかく理解したことだからボツにするのはもったいない気持ち」が大きいように思います。それは、要するに自分の都合ですね。

執筆の気持ちを適切に補正する方法は単純です。《読者のことを考える》という原則に立つことです。自分は誰のために書いているのか。何のために書いているのか。そのように自分に問いかけ、執筆の判断を行うのです。

そもそも難しいことを書くのが悪いというわけではありません。「難しい・易しい」という難易度が主たる基準ではなくて「この本を読む読者にとってどうであるか」と考えることが大事なのです。それが《読者のことを考える》という原則に立つ意味です。

「難しいこと」だから書かない。「易しいこと」だから書く。そういう判断は間違いです。難しさ、内容、本の中の位置付けを総合的に考えて、私が書いているこの本を読む読者(あの人)は、これを読んでどう感じるか、何を思うか、何を考えるか、どうするかを力いっぱい想像するのです。

結城が書く本の中にも「難しいこと」はたくさん書かれています。それが理解できないために読むのをやめてしまう人がいるかもしれません。でも逆に「難しくてわからないけどおもしろい」や「これは難しいけれど、おもしろそうな話だから、もっと学びたい」や「まだまだ先がありそうだぞ」と感じる読者さんもたくさんいるはずです。

結城は意識して「難しいこと」を書く場合もあります。読者さんには、結城の本で完結してほしくない。「結城さんの本を読むと、もっと学びたくなる」と感じてもらいたい。本棚でくすぶっていた別の本を開きたくなるような、新しく勉強を始めたくなるような、そんな気持ちになってほしい。結城はそう思って書いています。

もちろん、ここに書いているのは結城の個人的な考えであって、あなたに押しつけるわけではありません。あなたはあなたのポリシーを持ち、それにしたがって本を書くはずです。どういうポリシーで書くかを考え、そのためには具体的にどうするかを考える。それは書き手が一人一人考えなくてはいけないこと。というか、その成果が丸裸になって現れるのが一冊の本なのです。

あなたが感じている「難しいことを書きたくなる衝動」を注意深く分析するのをお勧めします。先ほど結城は「自分がせっかく理解したことだからボツにするのはもったいない気持ち」と表現しましたが、あなたの場合はどうでしょうか。

ありがちなのは「あまり易しいことばかり書いていると読者から軽く見られるから、難しいことを書いて自分のすごさを見せつけておこうという気持ち」です。こういう著者はたくさんいます(あなたがこういう著者だといってるわけではありません)。こういう気持ちは理解できますが、私は浅はかな考えだと思います。なぜなら、読者は馬鹿ではないので、著者のこのような気持ちを見抜くからです。「ああ、この著者はこの難しい話を自分の権威付けとして使っているな」のように。

別のパターンとしてありがちなのは「同僚や批評家から馬鹿にされるから難しいことを書いておこうという気持ち」です。こういう著者もたくさんいます。この気持ちも理解できますが、これは明確に「誰が読者であるか」を見失っている状態です(あなたがそうだといっているわけではありません)。

ぜひあなたが「難しいことを書きたくなる衝動」と表現した気持ちをパラフレーズしてみてください。それは時間を掛けて十分に分析する価値があることです。なぜなら、その分析は、あなたがどんなことを考えて本を書こうとしているかを明らかにしてくれるからです。

あなたはその衝動を「抑える」と表現していますが、その前に分析が必要です。原因を分析せずに抑えるのは対症療法ですからね。そもそもその衝動が悪いものかどうかも分析しなければわからないのです。

ご質問ありがとうございました。

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