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人を惹きつける文章を書く(文章を書く心がけ)

質問

結城先生こんにちは。

僕は、結城先生の書いた文章が好きなのですが、
どうして好きなのでしょうか?

文章力が優れているのはもちろんだと思うのですが、
それだけではここまで人を惹きつける文章は書けないと思います。

他とは違った人生経験や思考をしているからなのでしょうか?

漠然とした質問で恐縮ですが、答えていただけると嬉しいです!

結城浩のメールマガジン 2018年2月13日 Vol.307 より

回答

お褒めいただき、ありがとうございます。とてもうれしいです(少し気恥ずかしいです)。

最近の私は「説明できない魅力」に関心があります。なぜかという理由ははっきりわからないけれど、何となく惹かれる。繰り返し読みたくなる。そのような文章に興味があるのです。

あなたの質問への答えになるかどうかはわかりませんが、自分が書く文章については結城自身よく考えているので、いくつかお話ししてみます。

 * * *

私自身は、他の人とそれほど異なる考え方はしていないと思います。自分で自分を観察しているので不正確かもしれませんが、割と「あたりまえ」のことしか考えていないです。

ただ、あたりまえの内容を考えていても、できるだけ自分が納得できるような形に整理して、それがきちんと読み手に伝わるように表現したいとは思っています。内容はあたりまえでも表現が整っているなら、受ける印象は異なってきますね。

比喩的にいうならば、あたりまえの食材を使っても、ていねいに調理するならば、おいしい料理になるのと似ているかもしれません。

 * * *

ではその表現の部分はどうなっているか、自己分析してみます。

結城の文章は説明文が多いのですが、説明文としては「ウェットな部分」が多めだと思います。また「ややくどい」ともいえるでしょうね。その結果、結城の文章は好きな人は好きだけど、読みにくいと感じる人も少なからずいると思います。

ウェット(wet)な部分というのは、読み手の感情や感覚や気持ちに訴える部分という意味です。単に説明を提示するだけではなくて、その説明が持つ重みやニュアンスが伝わるように、感覚的な表現がときおり出てくることがあるようです。

Twitterで連続的にツイートするときや、結城メルマガに書くときには、ウェットな部分が特に多めになる傾向があります。

書籍にするときにはウェットな部分を抑え気味にして、ドライな部分が多めになる傾向があります。

とはいっても、私が過去に書いた本の中で一番ドライなのは『数学文章作法』だと思うので、それほどドライではないかもしれませんけれど……

結城は「数学ガール」や「数学ガールの秘密ノート」のような数学読み物を書くのが好きです。その理由の一つとして「ウェットな部分」と「ドライな部分」がいい感じに入り交じるからだと思っています。

 * * *

自分が書いた文章のどこに魅力があるか、それを分析するのは難しいです。そもそも結城は「説明できない魅力」を求めているのでなおさらですが、あえて、考えてみましょう。

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