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自分の作品をおとしめない(文章を書く心がけ)

結城浩

自分の作品をおとしめる行為をするクリエイタがときどきいます。たとえば、自分の作品をおとしめるニュアンスで「こんなしょうもない作品を高く評価する人なんて誰もいない」と主張するような行為のことです。

自分の作品をおとしめる行為は避けた方がいいと結城は思います。なぜなら、自分の作品をおとしめる行為は、その作品に注目した人や、高く評価した人をおとしめる行為になってしまうからです。

さらには、作品に注目するか否かや、作品をどう評価するかは受取手の問題なのだから、クリエイタがコントロールしたり決めつけたりするものではない、とも思います。

結城がそう思うだけであって、誰かに対して何かを強制したいわけではありませんが。

自分の作品をおとしめた表現を使う心理の一部は理解できます。それは心理的安全弁になるからです。「この作品に注目する人なんて誰もいない」と主張していれば、本当に誰も注目しなかったときのダメージが少なくなります。高く期待してて落とされるよりも、最初から基準を低くしていれば傷も浅いという論理です。

その心理はよく理解できますし、心理的安全弁を求めることが悪いわけではありません。ただ、作品をおとしめる主張が、本人が想像しない影響をまわりに及ぼす危険性はあります。先ほど書いたように、たまたまその作品に注目し高く評価する人がいてクリエイタの主張を聞いたなら、気分はよくないでしょうね。

「自分の作品をおとしめる行為」に対しては、たとえば「自分の子供を小馬鹿にする行為」や「自分のパートナーをおとしめる行為」に対する違和感と似たものを覚えます。

自分の作品を評価するのがよくないと言っているわけではありません。「これはいい」「これはよくない」「これはこういう点がいい」「これはこういう点がまずい」のような評価はクリエイタにとって必要でしょう。結城が引っかかるのは「おとしめる」というニュアンスの部分です。伝わるでしょうか。

「自分の作品をおとしめる行為」に無自覚だと、容易に習慣化しそうなので、その点でも注意が必要です。自分の言葉が自分の意識に影響を与え、作品を適切に評価(よいところをよいと認める、よくないところをよくないと認める)ことが難しくなる危険性がありそうです。

もちろん、クリエイタが自分の作品についてどのように述べるかはクリエイタの自由なのですけれど、ネットでときどき気になるので文章に書いてみました。

結城浩のメールマガジン 2020年2月18日 Vol.412 より

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結城浩

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結城浩
本を書く生活が来年で30年。著書は今年で60冊。『数学ガール』『プログラマの数学』『暗号技術入門』『数学文章作法』『Java言語で学ぶデザインパターン入門』他。2014年度日本数学会出版賞受賞。https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c