嫉妬の感情と執筆の動機(本を書く心がけ)
見出し画像

嫉妬の感情と執筆の動機(本を書く心がけ)

質問

同じ業種の他の人が成功しているのを見聞きしたとき、嫉妬や後悔を抱くことはありますか。

回答

正直に書きますが、他の人が成功しているのを見て、嫉妬や後悔を感じることは滅多にありません。

いま「そういう状況ってあったかな?」と思い出そうとしてみましたが、思い出せませんでした。

「ああ、こうすればよかった!」と後悔することはたまにあります。でもそれは自分の判断ミスを後悔している状況であって、他人との関係で後悔しているわけではありません。「ああ、こうすれば、あの人がいま手にしている成功は、私のものだったのに!」という感情を抱くことは少ないようです。

 * * *

このように書くと、もしかしたら聖人君子のように聞こえるかもしれませんが、そういうのとは違います。嫉妬や後悔を超越して悟っているわけではないのです。

語弊があるかもしれませんが、私は、他人に対しての関心が薄いのかもしれません。

仕事の上で「あの人はライバルだ、あの人に負けずにがんばる!」とか、「今回はあの人に負けてしまった。次は勝つぞ!」という感情も薄いですね。

嫉妬の感情というのは、比較することから来ます。自分と相手を比較しなければ嫉妬は起きません。

 * * *

結城のメインの仕事は書籍の執筆ですから、表面的に見える「成功」の一つは、出版した本がたくさん売れることといえます。

でも他人の本が売れることと、自分の本が売れることは直接は関係ありません。他人の本がたくさん売れたからといって、自分の本が売れなくなるわけではありませんよね。

ですから、誰かが新刊を出したとか、ベストセラーになったとか、重版したとか、そういう話題で、自分が嫉妬することは基本的にありません。

他人の重版のニュースは「本が売れる可能性」を見せてもらっているわけなので、むしろうれしいですね。

 * * *

他人に関心が薄いと、他人と比較することが少なくなります。嫉妬する機会も自然と減るように思います。

本を出版したとき、各種ランキングはもちろん注目しています。非常に注目しています。

でもそれは、順位そのものを気にしているのであって、他人が書いたあの本よりもランキングが上だ!という喜び方は少ないと思っています。

比較をぜんぜんしないわけではありません。ロングセラーを続けていて、ランキングでランドマーク的になっている本がありますから。でもそこに「相手を負かしてやったぞ」という気持ちはありません。

 * * *

もともと私は、他人と比較してモチベーションを上げるタイプではないのかもしれません。

嫉妬の感情や、ライバル心や、あるいは怒りを仕事の原動力にするのは、私には難しいです。若いときに会ったある著者さんは、「○○という著者にだけは負けたくないという気持ちで書いている!」と強く語っていて、結城にはそういう気持ちはないなあと思ったものです。

結城は他人への関心が薄いのと対照的に、自分への関心は強いです。結城が執筆するときの動機の一つに、「本来ならこういう本が存在してしかるべきだ。私はそういう本を読みたいぞ!」という気持ちがあります。この気持ちは自分への関心から来ているのでしょうか。

自分自身に関心があるというよりは、自分の中の「本とはこうあるべきだ」という基準に関心があるのかも。自分の目でそれを確かめたくて本を作っているのかしら。

 * * *

嫉妬は感情です。

嫉妬は大きく揺れ動く感情です。

本を書くという私の仕事は、長い時間を必要とします。長丁場の仕事で、しかも意識のふらつきが小さいことが望ましい仕事です。意識のふらつきが大きいと、テキストの品質にむらが生じるからです。

私にとって執筆はそのような仕事なので、執筆動機の根底に「感情」があるのは好ましくありません。自分だけでもふらつきがちなのに、「嫉妬」のように他者の影響で大きく揺れ動く感情を仕事のベースにすることは、私には不可能です。嵐の船で書道の練習ができないように。

本を書く仕事は、森を抜けた仕事場で、静かに進めるものなのです。

 * * *

最後になりましたが、大前提があります。結城が自分の望む形で執筆できるのは、執筆によってまがりなりにも生活ができているからです。

つまり、ひとりひとりの読者さんが、結城の本を買って下さっていること、それが私の生活を支えています。それがなかったら、落ち着いて執筆をすることは不可能でしょう。

その点はもう、読者さんへの感謝しかありません。ほんとうに感謝しかありません。いつも、ありがとうございます。

画像1

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2018年1月16日 Vol.303 より

結城浩はメールマガジンを毎週発行しています。

#結城浩 #本を書く心がけ #執筆 #本 #文章 #嫉妬


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
結城浩

いただいたサポートは、本やコンピュータを買い、さまざまなWebサービスに触れ、結城が知見を深める費用として感謝しつつ使わせていただきます! アマゾンに書評を書いてくださるのも大きなサポートになりますので、よろしくお願いします。 https://amzn.to/2GRquOl

結城浩です。うれしいなあ……感謝!(^^)
本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。