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森博嗣『作家の収支』を読んで(仕事の心がけ)

森博嗣さんの『作家の収支』という本を読みました。

最近はあまり読んでいませんが、数年前は森さんの作品をよく読んでいました。おそらく続けて数十冊は読んだと思います。

この『作家の収支』は、タイトルの通り、森さんの収入と支出について書かれている一冊です。十五億円の収入を自慢をするわけでもなく、もちろん卑下するわけでもなく、持論を得意げに語るわけでもない。研究会で発表するような淡々としたトーンで、データが並べられていきます。

森さんの考えはエッセーなどでもよく見ていましたから、『作家の収支』というタイトルから、恐らくは率直にデータが展開される本だろうと想像していましたが、果たしてその通りの本でした。

森博嗣さんの文章は読みやすいですね。文章として読みやすいだけではなく、そこに書かれているものの「含み」を推し量る労力が少なくて済むと感じます。書かれていることをそのまま受け取っていい、という感覚は心地よいものです。

興味深いのは、そのような淡々とした文章でありながら(いや、淡々としているからこそ?)、きちんと本人の考えが伝わってくるということです。声高に「自分の考え」を主張しなくても、自然と伝わってくるというのがおもしろい。そもそも文章ってそういうものなのかもしれませんけれど。

森さんは合理的な考え方をする人ですから、出版社のビジネスのありかたにも疑問を投げかけます。原稿料があまりにも一律であることや、思い切った販売施策を打たないこと、作家のプロモーションに力を入れないことなどですね。

この『作家の収支』の中では、原稿用紙一枚でいくらになるか、本一冊を書いたらいつの時点でどれだけのお金が入ってくるか、そういう話を具体的な書名と年つきで語っていきます。もちろん、森さんと結城とでは収入の桁がいくつも違うので、直接の参考にはなりません。でも考え方は参考にできます。

森さんが提示している考え方でたいへん共感するのは、作家の仕事の基本は、常に新作を出すことであるという点です。たった一作を書いて、その評判が上がるのをじっと待つのではない。そんな暇があったら、次の作品を出す。それは、読者に忘れられないようにするため……というのは、きっとそうあるべきなのだな、と結城も思います。

「点」として作品を発表するけれど、それだけでは注目してくれる人は少ない。点を繋いで線とし、さらには面にしていく。そのような努力が必要なのだと感じます。

作家の(他の職業に対する)強みは、何も仕入れることなく、たった一人で作品を生み出す点にあります。他のほとんどの職業はたくさんの人が必要になってしまうのに。森さんはそのことを、こんなふうに表現します。

思ったのは、「よほど大きく当らないかぎり、ゲームでは元が取れないだろう」ということだった。つい自分一人だけで作れてしまう小説と比較をしてしまう。(略)小説は、1万人が買えば商売として成立する。10万人が買えばベストセラである。しかし、映画は100万人が見ても、成功とはいえない。もう1桁上なのだ。

そして森さんは「小説のマイナさは、ここが強みだということ」と結ぶ。

なるほど。

森さんが淡々と書いている話を読みながら、そのひとつひとつに対して、「この点について、私としてはどう思うか。自分はどのように対処しているか」と考えを広げ、たいへん勉強になりました。

知的生産物を作り出して生計を立てようとする人には、なかなか参考になる本だと思います。

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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年5月3日 Vol.214 より


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