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『数学ガール』を書いてるときの手書きノートを公開します(本を書く心がけ)

※ほぼ半分を無料公開しているノートです。

こんにちは、結城浩です。

「本を書く心がけ」のコーナーです。

このコーナーでは「本を書くこと」に関わるさまざまな話題をお話しします。

今日は「手書きノートのスナップショット」をお届けします。

手書きノートのスナップショットというのは、結城が本を書くときに使った手書きのノートをスキャンしたもののことです。

手書きのノートに書かれた図や文字や数式のメモを眺めつつ、何を考えながらそのメモを書いていたか、そのメモがどのように最終的な本に生かされたか(あるいは生かされなかったか)をお話しします。

このような企画は、完成品としての本の読者さんにはほとんど(まったく)意味がありませんが、これから何かを作り出そうとしている方には、刺激にもなり、参考にもなるように思います。このページは結城メルマガとして購読者におくったものを再編集しているのですが、結城メルマガの読者さんからも大きな反響がありました。

この「手書きノートのスナップショット」に対して、結城メルマガの読者さんからは、

 「普段は子供のノートをよく見るけれど、大人が書いたノートは新鮮」
 「書籍執筆のときに、やっぱり手書きで勉強しているとわかって納得」

のような反応をいただいています。それでは今回もいくつかのメモをご紹介いたしましょう。

●図を描いて内容検討

結城が原稿を書くときにはキーボードをぱたぱた叩いて文章を書きます。手書きよりもタイプのほうがずっと高速に文章を書けます。まあ、現代では多くの人がそのようにして文章を書きますよね。

そんな中、手書きをすることもあります。それはなぜでしょうか。それは、テキストエディタではうまく表現できない「何か」があるからです。

たとえば、『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』の内容を検討していたときのメモを見てみましょう。↓

これは2008年8月29日の内容検討メモです。

「公理」「無限」「パラドクス」などというキーワードを思いつくまま並べ、何となく関係がありそうなキーワード同士を線で結んだ図ですね。何だか蜘蛛の巣のようでもあります。結城は本を書く前に、こんな図をたくさん描くんですよ。

図を使ってものごとを整理するといえば、「マインドマップ」という技法が有名です。でもこの「内容検討メモ」を描いているときに結城がやっていたのは、「技法」といえるほどシステマティック(組織的に体系立てられた)なものではありません。結城がやっていたことは、

 ・思いついた言葉を書いて、
 ・関係ありそうな言葉同士をつなぐ

ただ、それだけです。

「本を書きたい」と思っているときには、自分の頭の中で、何が何だかまだよくわからないものが動いています。それを、頭の中だけでうまく整理をつけるのはとても難しい。

そこで、何はともあれ自分の頭の外に出さなければいけません。言葉を紙に書き、それを見て、さらに言葉を書き足していく。あの言葉とこの言葉は何か関係がありそうだと思ったら、言葉同士をつないでみる…そうやって、自分の頭の中にある「何かとても大事なもの」を見つけ出していこうとします。図を描きながら結城がやっているのはそういうことです。

結果的にこの「内容検討メモ」から章立てが直接生まれたかというと、そんなことはありません。具体的に「これが生まれた」といえるものはありません。でも、こういう自分の頭の「慣らし運転」みたいなものがなければ、きっと章立てを行うこともできなかったでしょう。そこが創作の微妙なところです。

直接的な期待をせず、とにかく書いてみる/描いてみるというのはとても大切なことだと思います。本を書くとき、どうせ大半の情報は捨てるんですよ。どんどん出してどんどん捨てる。でもその大きな流れの中でときどき出会う「何かとても大事なもの」を見逃さないようにしなければなりませんけれどね。それを見つける能力、その「何かとても大事なもの」を見つけてしっかりつかまえ、それを十分に膨らませる能力、それが大事なのです。

自分の頭から出たもののすべてを本に書こうとしてもきっとうまくいかない。それよりも、過剰なまでに出して、大半を捨てる。そういう富豪的感覚(?)の方がうまくいくように思います。

●Web版と書籍

『数学ガール』という本を書く前に、結城はWebで『数学ガール』に至る前身的なテキストを無料で公開していました。

結城は、書籍を書くときだけではなく、そのようなテキストを書くときも、同じような「内容検討メモ」を書き残していました。以下は、2006年3月3日に書いた「テトラちゃんとハーモニック・ナンバー」内容検討メモです。

この「内容検討メモ」は、このノートを書くために作業メモをひっくり返していて見つけました。無料の公開テキストを書くときと、書籍を書くときとで、変わらないスタンスで臨んでいる自分にちょっとあきれましたが、まあしょうがないですね。創作しているときの自分は、でたらめなようで意外と一貫しているのです。

「ハーモニック・ナンバー」という数学的な概念を説明する文章を書くため、この「内容検討メモ」では「ハーモニー」という言葉を膨らませました。日本では「ハーモニック・ナンバー」に「調和数」という訳語が当てられています。「調和数」と書かずに、わざとカタカナで「ハーモニック・ナンバー」と表現することに「誰かに怒られないかなあ」と緊張したのを覚えています。だれかエラい学校の先生に怒られないかな、と思ったのです。結果的に誰からも怒られませんでしたが。ハーモニック・ナンバーって素敵な語感があります。

さてその「ハーモニー」です。「内容検討メモ」の下部にあるように「調和と弦」「宇宙と音楽」「プラネタリウム」ということをこの図を描きながら思っていたようです。音楽や宇宙などのイメージを膨らませていたのですね。

結果的にWebでは、テトラちゃんとハーモニック・ナンバー(数学ガールWeb版)という形で物語を公開しました。

http://www.hyuki.com/girl/harmonic.html

音楽に関わる部分は、「エィエィ」というピアノ少女と「ミルカさん」という才媛がピアノで連弾をするシーンへとつながっていきました。

宇宙に関わる部分は、「テトラちゃん」という後輩の子と一緒にプラネタリウムへ出かけるシーンへつながっていきました。

ハーモニック・ナンバーという言葉から派生したイメージが、なかなか素敵な世界の広がりを見せたなあと喜んでいます。

Webで公開した後「テトラちゃんとハーモニック・ナンバー」というこのテキストは、かなりリライトして書籍『数学ガール』の一つの章になりました。
それが『数学ガール』第8章「ハーモニック・ナンバー」です。目次をちょっとのぞいてみましょうか。

音楽に関わる部分は「8.3 無限上昇螺旋階段付音楽室」に生かされ、宇宙に関わる部分は「8.10 プラネタリウム」に生かされています。

「内容検討メモ(2006-03-03)」に出てきた「宇宙と音楽」という部分はこのようにしてめでたく書籍にまで生かされたのですが、同じメモに出てくる「ε−δ論法」の部分は没になりました。文章を書いているうちに、内容や分量かで没にしたのだと思います。

これを検討していたのは2006年ですから、いまからずいぶん前になりますね。細かい部分をどんなふうに考えていたのかは忘れてしまいましたが、この図を見るとおおよその思考の流れはいまでもたどれますね。おもしろいものです。

そしてまた、ここで没にしたε−δ論法は、2009年に刊行された『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』の題材として使ったのですから、ここで考慮したことは決して無駄にはなっていなかったのですね。

※ここまででおおよそ半分です。以降も同じような調子で文章と画像が続きます。もし「おもしろそうだな」と思った方はぜひご購入をお願いします。

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『数学ガール』を書いてるときの手書きノートを公開します(本を書く心がけ)

結城浩

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結城浩

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本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。