『数学文章作法』で「飯のタネ」を公開していいのか(Q&A)
※ほぼ半分を無料公開しているノートです(結城メルマガVol.057より)
こんにちは、結城浩です。
読者さんからのご質問にお答えします。
●質問
結城先生はじめてメールをお送りします。『数学文章作法』を拝読いたしました。メール・マガジンを出していらっしゃるということを知り、あわてて購読を開始いたしました。質問も受け付けていらっしゃるとのことでしたので、失礼を顧みずメールさせていただきます。
私も実はいつか本を書いてみたいと思っている題材があるのですが、なかなか本としてまとめることができません。知り合いに有名出版社の編集者がおりますので、まとめたら何とか出版してもらえると思うのですが。
『数学文章作法』で先生は文章の書き方についてお書きになっています。失礼ながらこういう「ノウ・ハウ」は先生のお仕事の「飯のタネ」になっているのではないかと思うのですが、それをこのように公開してしまってかまわないのでしょうか。
私はまだ本を書いたことがないのですが、何か自分に見えないものを先生は見ていらっしゃるのかもしれないと思ってメールいたします。質問ともいえない質問ですが、いかがでしょうか?
お忙しいところ恐れ入りますが、お答えいただければさいわいです。乱筆乱文失礼いたしました。
●回答
はじめまして。
質問メールをお送りくださり、ありがとうございます。拙著『数学文章作法 基礎編』もお読みくださったのですね、とてもうれしいです。もちろんぜんぜん失礼ではありませんよ!
本を書きたいという題材があるとのこと、なかなか素敵なことですね。ぜひがんばってまとめてみてはいかがでしょうか。題材もさることながら、あなたは誰に(どのような読者に)読んでもらいたいのか、そこをはっきりさせると良いのではないかと思います。自分が書いた本を読んでもらう相手の顔を想像し、読んでいるようすを想像してみると、執筆の手も進むのではないでしょうか。
『数学文章作法 基礎編』にも書いた通り「読者のことを考える」のがとても大切なのです。
ちょっと気になったのは「知り合いに有名出版社の編集者がおりますので」のくだりです。結城はあなたの詳しい状況はわからないので、ほんとうのところはわからないのですが…。最近は出版社もたいへん厳しい状況にあると思いますので、実際の出版にあたってはシビアな見方をされる可能性もあります。ので、あまり知人だから…というところに期待しすぎないようにと老婆心ながらアドバイスいたします。
さて、メールの中に「文章の書き方」についての本というのは結城のノウハウではないかというご質問がありました。それについて簡単にお答いたします。
はい、確かに『数学文章作法 基礎編』に書いたことというのは、結城がふだん執筆活動を行う上で実際に考え・実践している(実践しようと心がけている)ことばかりです。それは編集者さんから教えていただいたこともありますし、本で学んだこと、あるいは自分の執筆経験を通して学んだこともあります。それらをまとめ、できる限り読みやすい形でコンパクトに提供したものがあの『数学文章作法 基礎編』という文庫本です。
その意味では確かにあの本は結城の仕事に即しています。「飯のタネ」(生計を立てる上での仕事)に密着している内容です。
では、それを書籍として公開して問題にならないのか。
短く答えるなら「問題にならない」といえます。自分の文章を書くノウハウを本の形にまとめても、結城自身の仕事に悪い影響を与えることは皆無であると結城は思っています。悪い影響どころか、良い影響がたくさんあると思っています。
まず思いつく理由としては、あのような本にまとめることで最も大きな恩恵を受けるのが自分自身だからです。本を書くことはもっとも効果的な学びです。文章の書き方の本を書くことで、結城は非常に多くを学びました。自分がふだん無意識にやっていることを意識に上らせ、理由を検討し、具体例を記述することで、自分の文章の書き方(まさに文章作法(さくほう)です)を再確認したような気がします。ちょうどフィギュアスケートの選手が自分のフォームを再確認するように。
それから、別の理由として、自分が本を書く上で大事なことのうち、あの『数学文章作法 基礎編』にまとめ切れないこともまだまだたくさんあるというのも一つのポイントです。それは別に結城が出し惜しみをしているというわけではありません。自分でもまだうまく言葉として表現できないノウハウという意味です。無理に言葉にしてみましょうか。たとえば、以下のような謎のノウハウがあります。
◆謎のノウハウ
形式と中身は分かれているようだけど、実は分かれていない。
分かれているように見せるときもあるけれど、
実は一致させるほうがよいときもある。
こんな「ノウハウ」は他の人にはほとんど意味がわかりませんよね。結城の中ではこういう「まだ言葉になっていないノウハウ」がたくさんうごめいていて、実際に本を書くときにはそれらのせめぎ合いの中で文をつむいでいます。そしてそれらは結城が書く本の魅力になっているはずです(そうあってほしいと願っています)。ノウハウとして言葉に表現できてなくても、実作に表現されている効果として読者はきちんと受け取ってくれるのです。
さらに根源的な話を書きます。
結城はどうして自分の飯のタネに密着した題材で本を書いたのか。
その答えは「誰のためにどんな本を書くのか」という問いかけに関連しています。
※ここまででおおよそ半分です。もし「先を読みたい」と思った方はぜひご購入をお願いします。
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