塾に求められているもの(教えるときの心がけ)
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塾に求められているもの(教えるときの心がけ)

質問

結城先生にお聞きしたいことがあります。

塾で高校生に数学を教えていて疑問に思ったことがありました。

それは、私の役割は「生徒の数学への理解を深めて、その結果、生徒の成績が向上すること」なのか、それとも「単に生徒の成績を向上させること」なのか、ということです。

私自身は前者であるべきだと思っています。しかし多くの人はそれを望んでいないように最近感じています。実際、目前のテストで良い点数を取らせるだけならば、それほど難しくはないのです。担当する生徒たちの学校では、定期テストの問題のほとんどは教科書や問題集の問題のパラメータを少しいじった問題がでるだけだからです。

ですから、「この問題の解き方はこうだ」と解き方を覚えさせてしまってもテストではどうにかなりますし、生徒自身がそのいった教え方を望んでいる節があります。事実、理屈をほとんど説明せずに解法ばかり教える教え方の方が人気が高いようです。

私は、「しっかり理解しながら進んでいった方が結果として覚えなくてはいけないことを減らせるし、新しいことが出てきたときも理解・記憶が早くなる。だから理解しながら進めていこう」ということを繰り返し伝えているつもりなのですが、きちんと伝わっているかは自信がありません。また、生徒達はこれまでそのように数学の授業を受けてこなかった場合が多いので、しっかり理解するつもりになると、以前の単元や、場合によっては中学数学まで戻らなくてはいけません。

これは生徒達には不満なようで「その問題の解き方は知ってるよ」という反応をされることもしばしばです。

長くなりましたが、私は現在、受験で数学を使わず、大学入学以降も数学を使わずに生きていくかもしれない彼らに、それでもしっかり理解してもらうことを目標に授業をするのが正しいのかどうかわからなくなってしまい悩んでいます。目の前のテストを乗り切るだけの授業をする方が、お互いにとって楽なのではないかと思ってしまいます。

どうか結城先生のご意見をお聞かせいただけないでしょうか。

結城浩のメールマガジン 2019年12月31日 Vol.405 より

回答

ご質問ありがとうございます。

これは大事な話です。でも、難しい問題をたくさん含んでいると思います。拙著『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』で扱っているテーマにも深く関連しているご質問ですね。

あなたが書いておられるように「生徒の数学への理解を深めて、その結果、生徒の成績が向上すること」が基本的には正しいアプローチであると結城は思います。

ただし、これもまたあなたが書いておられるように、塾に来る生徒さんが(あるいはその保護者さんも)必ずしもそれを求めていない可能性は多々あるでしょうね。理解を深めたり、むかし習ったことを確かめ直すことよりも、手っ取り早くパパッと成績を上げてくれることを求めてしまう人は多いでしょう。

「本来求めるべきものを知らない人は多い」や「将来のことよりも直近の課題を解決したいと思う人は多い」ということですけれど、そこまで一般化しても解決が見やすくなるわけではありませんね。

あなたがどうすべきかはわかりませんし、もしも私があなただとしても悩むと思います。とても悩むと思います。本来提供すべきものは手間も掛かるし不評である。表面的なものを提供した方が手間も掛からずしかも好評である。その状況は、教える側のモチベーションをかなり下げますし、場合によっては自分の考えや存在意義さえもゆるがしてしまうかも。「自分はまちがっているのではないか」と思いながら活動するのはたいへん難しいものですから。

もしもあなたが「これは純粋に、報酬を得るだけが目的の仕事だ」と割り切るのであれば、あなたを雇っている立場の人と相談し、あるべき姿を模索することになります。なぜならば、その塾の方針が「手っ取り早く成績が上がったと見えればよい。生徒のその後なんて知ったこっちゃない」という考えならば「雇われている身」としては、どうやっても限界があるわけですから。

しかしながら、塾講師は「雇われている身」であると同時に、「生徒に対してメッセージを送る身」です。ですから、「本来はこうなんだよ」と自分の裁量範囲で生徒に伝えることは可能です。それは塾講師に限らず、教師一般に言えることです。

もともと教師という仕事は「果実」を見ることが少ない仕事です。「果実」というのは、教えるという活動を通じて、生徒がどんなにいい影響を受けたかのことです。教育の「果実」が見えるまでにはしばしば長い年月が掛かるからです。教師が伝えたメッセージを生徒が咀嚼し、理解し、その本来の意味を悟り、自分の生活に活かすまでにとても長い時間が掛かるのは珍しくありません。教えられて何年も経ってから「ああ、あの先生が言っていたのは、こういうことだったのか!」と悟るような経験はあなたにもあるのではないでしょうか。その意味で、教師とは「未来を作る仕事」なのです。生徒を信じて「未来に託す仕事」ともいえます。

直接的には伝えることができなくても、即効性がなくても、塾講師という立場から大事なメッセージを生徒に送ることは可能です。可能だと私は思いたいです。自分が信じるメッセージを生徒に送ることができないならば、教える仕事はどれほど味気ないものとなるでしょうか。

少し話は変わります。「理解」というのはたいへん複雑な構造を持っています。先生の教え方だけではなくて、生徒の習い方にも大きく依存します。もしかしたら生徒の中には、あなたのいう「てっとり早い解法」によって「おもしろみ」を知る人がいるかもしれません。もちろん、全員が本来のおもしろみを知るとは限りませんし、まちがった方向に楽しみを見出す人もいるでしょうけれど……。

生徒は「あっちに行きたい」と言う。教師は「それは近道に見えるけれど、実は違うんだよ」と言う。「一見まわり道に見えるけれど、こっちに行く方が実は近道なんだよ」と言いたい。悩ましいことです。

しかしながら、では教師はどこまでその生徒をガイドしてあげられるのか。どれだけ長い時間、その生徒につきあっていけるか。まわり道の途中で手を離すことになり、生徒を迷わせてもいいのか。中途半端に終わっては逆効果かもしれない。難しいことです。

たいへん難しいことですし、簡単な解決法があるわけでも、万人に効く方法があるわけでもありません。『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』でもいろんな道を探っていますし、生徒の側の《自分の理解に関心を持つ》という点を中心にした考え方が述べられていますが、それは解決法とはまた違いますね。

とてもとても難しく、悩ましい問題だと思います。そして、その悩ましさの半分は、そもそも生徒が悩ましいと思っていないところにあるのです。

とりあえずは以上です。

返信

「塾に求められているもの」の質問をしたものです。

とてもご丁寧なお返事をいただきありがとうございます。先生に話を聞いていただき、お返事をもらえて、すこし心が軽くなりました。

「手っ取り早く解法を教えることからおもしろみを見出す生徒がいるかもしれない」というお話は言われてみるまで考えもしなかったので、自分の視野の狭さに気づかされました。

具体的な手段はまだ難しいですが、とりあえず生徒にとって良き教師であれるよう頑張りたいと思います。

ありがとうございました。

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#結城浩 #教えるときの心がけ #塾に求められているもの


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本を書いて生活しています。著書は『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など多数。詳しい活動内容は https://mm.hyuki.net/n/n5f00c9cd281c をご覧ください。2014年度の日本数学会出版賞を受賞しました。