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『暗号技術入門』と『数学ガール』を書いてるときの手書きノートを公開します(本を書く心がけ)

※ほぼ半分を無料公開しているノートです。

こんにちは、結城浩です。

「本を書く心がけ」のコーナーです。

このコーナーでは「本を書くこと」に関わるさまざまな話題をお話しします。

今回は「手書きノートのスナップショット」をお届けします。手書きノートのスナップショットというのは、結城が本を書くときに使った手書きのノートをスキャンしたもののことです。

手書きのノートに書かれた図や文字や数式のメモを眺めつつ、何を考えながらそのメモを書いていたか、そのメモがどのように最終的な本に生かされたか(あるいは生かされなかったか)をお話しします。

●目次

・『暗号技術入門』を書いているときの手書きメモから:
  ・章の構成を考える
  ・章の内容を考える(1)
  ・章の内容を考える(2)

・『数学ガール/ガロア理論』を書いているときの手書きメモから:
  ・自分の理解を確認するためのメモ
  ・美しい宝石をショーケースに並べるお仕事

●章の構成を考える(『暗号技術入門』を書いているときの手書きメモ)

まずは拙著『暗号技術入門』の章構成を考えていたときのメモです。

『暗号技術入門』は現代の暗号技術をたくさんの図を交えてわかりやすく解説した技術書です。現在では「新版」が刊行されています。

 ◆『新版暗号技術入門――秘密の国のアリス』
 http://www.hyuki.com/cr/

この書籍を準備しているとき、「どのような内容の本にしようかな?」と検討しながら、結城はこんな図を描きました。

 ◆『暗号技術入門』章構成(手書きメモ)

ごちゃごちゃしているように見えますが、この手書きメモでは、暗号技術にまつわる各概念の相互関係を描いています。

図の上には書籍のタイトルを書いています。この段階で考えていたタイトルは、

 『暗号技術の基礎知識』
 『暗号アルゴリズム入門』

だったようです。右上に「ありそうなタイトル」などと検討内容をメモしています。

結局「暗号技術入門」というタイトルにしたのですが、どうもインパクトに欠けると感じたのか、「秘密の国のアリス」という不思議な副題を付けることになりました。

さて、手書きメモでは、重要な概念を二重丸でくくり、関連する概念を線でつないでいます。また付帯的な概念や用語を丸でくくっています。この図の中に小さく○付きの数字が書かれています。

これは、各概念をどういう順番で章に起こすかを検討していたのです。図の左下にある○付き数字は、図の中の番号とずれていますが、実際の章立てとして試しに書いてみているのでしょう。

概念の関係図はこの手書きメモのように、自由な広がりを持たせることができますが、書籍という形に落とし込むためには、何らかの「順序」がとても大事になります。極言すれば、書籍は一次元だからです。

手書きメモの下を見ると、この章立てに対して「これ、イイ!まっとうな本ですね」などと自画自賛のメモが残っています。自分が重要だと思う概念を盛り込んだ章立てにして、奇をてらった章立てではなく、暗号技術としてスタンダードな形に収まったので喜んでいるのでしょう。

ところでこのメモでは、全部英語でタイトルを書いています。これは、手書きでは英語で書いた方が楽だったからですが、各概念にどういう用語を使うか、まだ自分の中で固まっていなかったからという理由もあります。

暗号技術は歴史があるので、同じ概念を表すのにさまざまな用語があります。特に和書は書籍ごとに用語がまちまちで大変苦労したのを覚えています。

この図は実際の書籍の章立てを検討するときに使ったものですが、実はこの図そのものも完成した書籍の中に登場します。それが、次に示す「暗号学者の道具箱」の図です。

 ◆『暗号技術入門』暗号学者の道具箱(書籍図)

「暗号学者の道具箱」というのはセキュリティの専門家、シュナイアーが使っていた言葉で、次の六個のことです。

 ・擬似乱数生成器
 ・対称暗号
 ・公開鍵暗号
 ・一方向ハッシュ関数
 ・メッセージ認証コード
 ・デジタル署名

この六個の概念は、拙著『暗号技術入門』でも重要な役割を果たしており、上の図では、この六個の概念の関係を整理しています。

まず、書籍本文で《文章を使って》「暗号学者の道具箱」を説明します。そしてその後、このように整理された《図を使って》もう一度説明します。

文章と図、その二つを相補的に使って、読者に理解してもらえるようにしているのです。

結城メルマガで「教えるときの二刀流」というお話をしました。この図の使い方もそれに合致していますね。

 ◆教えるときの二刀流
 https://note.mu/hyuki/n/n68592aa0ed3d

この「暗号学者の道具箱」の図は、自分で言うのもなんですが、非常によく考えられている図です。この図の説明だけで数時間は話せそうですけれど、話を先に進めましょう。

●章の内容を考える(1)(『暗号技術入門』を書いているときの手書きメモ)

同じ『暗号技術入門』から、今度は第1章の内容の手書きメモをお見せします。

 ◆『暗号技術入門』第1章の内容(手書きメモ)

この手書きメモは「第1章には何を書こうかなあ」と考えながら書いたものです。「暗号の世界ひとめぐり」という章のタイトルを付けて、この章では、広い暗号の世界の全体像を見せようと考えました。

このような章立ては、結城メルマガで紹介した「全体像を見せる」に通じますね。

 ◆全体像を見せる
 https://note.mu/hyuki/n/nf8025d67706c

最初から細分化した内容を話していては読者は全体がわからない。全体を見せないと、目の見えない人が象を撫でるような状況になります。

暗号技術はややこしいし、細かい話題がたくさんある。そこで、まずは「暗号の世界ひとめぐり」で全体像を見せたかったのです。

手書きメモの右側に書いた「一つの例を育てていく」というのは、説明の中で、一つの例に読者が慣れたら、それを膨らませていって、難しい説明までいけないかなあ、というアイディアをメモしたものです。

実際に書籍になったときに第1章がどうなっているかを見てみましょう。

 ◆『暗号技術入門』第1章の内容(書籍目次)

これは第1章の目次です。

「暗号の世界ひとめぐり」というタイトルは最終段階まで生き延びたようですね。第1章は、

 「暗号」
 「対称暗号と公開鍵暗号」
 「その他の暗号技術」
 「暗号技術の道具箱」
  …

という順に構成しました。実は第1章そのものも、書籍全体と同じく、

 「全体像を見せる」

ところからスタートしています。

つまり第1章の中の「暗号」では、暗号アルゴリズムの詳細には入らず、暗号という世界の全体像をとにかく簡潔に見せようと努力しました。徹頭徹尾「全体像を見せてから各論に入る」という構成にしたのです。

「暗号技術の道具箱」はすでにここで登場してますね。第2章以降の大きな流れを示すツールとして用いています。

※ここまででおおよそ半分です。以降も同じような調子で文章と画像が続きます。もし「おもしろそうだな」と思った方はぜひご購入をお願いします。

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