問題集の解説を読んだだけで数学は理解できる?(学ぶときの心がけ)
質問
結城先生、自分は数学が苦手です。このままでは大学入試を突破できなさそうです。どうすればいいでしょうか。
問題集の解説を読んでいて思ったのですが「読んだだけで理解できない」のは、「日本語」と「数学語(数式やグラフなど)」が混ざってるからでしょうか。
「会話が成立している状態」というのが「日本語を聞いたときに、頭の中で意味をイメージし、理解できている状態」だとします。そうすると、数学の解説を読んだだけで理解できないというのは、日本語と数学語が混ざることで頭の中で意味をイメージし、理解できていない状態だからでしょうか。
数学は、解説を読んだだけでは理解できないから、数式やグラフなどの「数学語」を手を動かして体感して理解する必要があるのでしょうか。
結城先生は、数学の解説を読んだだけで理解できますか。
回答
ご質問ありがとうございます。
私たちが日本語の文章を読んで瞬時に理解できるのは、日本語の単語や言い回しに関する膨大な経験が裏付けとしてあるからです。経験が乏しかったら理解も乏しく、文章を読んでも意味はわからないでしょう。自分が経験していない外国語の場合、内容がやさしくても理解できないのと同じことです。たとえばギリシャ語で書かれたおとぎ話があったとして、内容がやさしくても私は理解できません。
あなたは日本語と数式やグラフが「混ざる」ことに注目なさっています。でも、混ざるかどうかはあまり重要ではありません。数式やグラフに対する経験が浅いから、それを見てもすぐには理解できないというだけのことだと思います。
数式に対する「経験」といっても、そんなに大げさな話ではありません。たとえば「$${f(x) = \sin x}$$」のような式が出てきて「関数$${f(x)}$$がこの式で定義されていると仮定する」と書かれていたときに、それがどんな意味なのかがわかるか、というようなことです。
$${f(x)}$$という書き方を見たことがあって、たとえば「$${f(0)}$$の値」といわれて何のことかわかるかどうか。「$${f(\pi)}$$の値」といわれたらどうか。「$${f(x) > 0}$$を満たす$${x}$$の範囲」といわれて何のことかわかるかどうか。これらは数学の教科書に頻繁に出てくる言い回しですね。日本語の言い回しを経験して意味を理解するのと同じように、数学で出てくる言い回しを経験して意味を理解することになります。
「三角関数」や「等差数列」のような数学用語が出て来たときに、正確な定義を述べることができるのは大事ですが、具体的な例を作れるかどうかも大事です。具体例を作って、自分でその用語が表している数学的概念を経験することは大事です。「数学ガール」シリーズのテトラちゃんがよくいう「数学的概念とお友達になる」感覚ですね。
私たちは日本語を使いながら意味をより深く学んでいきます。誰かに伝えて話が通じたという経験をする。伝えたけれど話が通じないという経験をする。そのような経験を通して意味を学んでいきます。数学は日常的に使う言葉ではありませんが、数学の学習では読み書きをしてその意味を学んでいくことになります。
豊かな経験が自分の中に蓄積されていると、数学の解説(それは通常、日本語と数式やグラフが混ざるものです)を読んだだけでも「ふんふん」と理解できることはあります。それはあくまで自分の中に豊かな経験がある場合です。
それに対して、ある数学の概念について乏しい経験しかないと、数学の解説を読んだだけではさっぱり意味がわからず、理解できず、苦しくなります。もちろん数学ですから、定義に戻れば確かめることはできますが、どうしても時間は掛かってしまいますね。
数学の解説を読んだときにすぐに理解できないのは恥ずかしいことではありません。そこで語られている数学的な内容について自分の経験が乏しいというシグナルといえます。「ここに書かれている関数の式変形が自分は理解できないぞ。このくらいの式変形はスムーズにできるくらい練習がいるのかな」と考えるのはいい態度ですね。「どうしてこの$${x}$$の範囲で$${\sin x}$$が$${0}$$以上だと言い切れるのだろうか。自分は三角関数の基本的な理解がまだ足りないのかな」と考えることもあるでしょうね。
あなたが質問で書いていた「読んだだけでは理解できない」というのは半分正解です。一部の天才を除いては、数学のひとつひとつの概念について、手と頭を動かして泥臭く理解する経験を積んでいるはずです。$${\sin x}$$ひとつを考えても「いったい何じゃこりゃ?」という段階から少しずつ経験を積んでいって「$${x}$$がこの範囲なら当然$${0}$$以上だよね」と理解できるところまでたどり着くのです。どこまで理解する必要があるかは、人によって異なりますが、みな地道に進むしかありません。
十分に経験を積んだなら、読んだだけでも理解できるものです。「$${0.5 + 0.23 = 0.73}$$」と言われたときに、小数の計算を理解していれば「ふんふん」とわかるでしょう。でも小数の計算を十分に経験していないと、読んだだけではわかりません。それと同じです。
結城自身の話をします。私が数学の本を読むときには、難易度や分野によって「ふんふん」とわかることもあれば、式の一つ一つを手を動かして紙に書いて計算してようやく「ははーん」とわかることもあれば、手を動かしてもまったくわからないこともあります。要するに、自分の経験に応じていろいろ、ということです。
数学は、覚える部分も必要ですけれど、単純な暗記物で終わる科目ではありません。それは国語が辞書を暗記する科目ではないのと同じです。ある程度の深さまで「意味を理解する」という経験がどうしても必要になります。常識や知識で押せる部分は限られています。数学を理解しているかどうかを試すのが試験なのでとにかく《理解する》ことが大事です。
あなたが高校の何年生かはわかりませんが、私は大学入試を突破するために即効性のある方法を伝授することはできません。《自分の理解に関心を持つこと》を大事にし、《例示は理解の試金石》と考えて具体例を作り、泥臭いことを厭わず、ほんとうに理解することを目指すのがいいとしかいえません。
がんばってください。
※もしも、この文章を気に入ってくださったなら「オススメ」や「スキ」で応援していただければ感謝です。
質問はこちらからどうぞ。
結城浩はメールマガジンを毎週発行しています。