
どうすれば数学ガールが書けますか(Q&A)
※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。
こんにちは、結城浩です。
「Q&A」のコーナーでは、読者さんからのご質問にお答えします。
読者さんからいただいた質問の文面は、結城が編集する場合があります。また複数人からの質問を一つにまとめる場合もあります。ご了承ください。
●質問
結城先生、メルマガ読みました。
質問するとうれしいと書いてあったので、質問します。よければ答えてください。
僕は高校生で、先生の書いた『数学ガール』が大好きです。こんなに夢中になって読んだ本はありません。数学も面白いのですが、数学を解くのがこんなに夢中になる話になるのはすごいです。僕もいつか絶対にこういう本を絶対書きたいと思いました。
それで質問ですが、どうしたらこういう本が書けるんでしょうか?
●回答
ご質問ありがとうございます。
私の書いた『数学ガール』を夢中になって読んでもらえるなんて、著者として最高にしあわせです。こんなことを書くのは変ですけれど、私自身もこの本を書くとき、あなたと同じように夢中になっていますよ!
「絶対にこういう本を書きたい」とあなたは思っておられるのですね。まず、そのような思いを持つのはとてもすばらしいことだと思います。本は、いつの時代でも大きな役割を持っています。本がもたらす喜びは特別です。あなたもぜひ、読者が夢中になる本を書いてください!
でも「どうしたらこういう本が書けるんでしょうか?」という質問に簡単に答えるのはすごく難しいです。以下、少し長くなりますが、本を書くことについて考えてみます。
Webのあちこちにも書いていますが、私が『数学ガール』を書き始めたのは、最初はWeb上でした。自分のWebサイトに「心の物語」というコーナーを作り、そこで短いお話を書いていました。書き始めたのは1996年ごろからですね。
◆心の物語
http://www.hyuki.com/story/
そのうちにだんだん、数学が出てくるお話を書くようになりました。ところが、数学が出てくるお話には、なぜか女の子が頻繁に登場することに気付きました。そこで数学と女の子が出てくるお話だけをまとめて「数学ガール」というタイトルを仮につけました。
Web上で書いているときには、純粋に自分の楽しみのために書いていました。本になるとは思ってませんでしたし、本にするつもりもありませんでした。純粋に自分の楽しみだったからこそ、何度も何度も読み返しては書き直したのです。本当に何度も何度もです。そしてこれ以上書き直すことはできないと思って公開したのが、このWebページ「ミルカさん」になります。
◆ミルカさん
http://www.hyuki.com/story/miruka.html
いまにして思えば、この一ページをしっかり固めたことが大事だったかもしれません。高校生の男女二人が、淡い恋心を持ちつつ数学をする。「数学ガール」シリーズの土台がそこでしっかりと作られたからです。
私は「これは、私の書くべき話だ」と思って書きました。私の心の奥の深い部分とつながっている話だと感じました。私は数学は好きですし、数学が得意な女の子は最高にかっこいいと思っています。私が感じているその感覚を文章にして表現するのは難しいですけれど、やりがいのあることだと感じます。やりがいというのも少し変ですね。純粋な喜びといってよいかと思います。
次第にお話が増えてきたので、そのうちに自分がいつも本を出している編集者さんに「これを本にしましょう」と提案し、それが書籍『数学ガール』になりました。2007年のことです。
『数学ガール』を出版して以来、多くの読者さんからメールをいただきます。ほんとうにたくさんの方々が、あの数学ガールの世界に共鳴してくれて、私の心の奥にある喜びを、本を介してシェアしてくれるのを知ると、私は「あの本を書いてよかった!」と思います。
ここで、あなたの質問に戻ります。
「どうしたらこういう本が書けるんでしょうか?」という質問でした。
あの『数学ガール』という本は、私が書くべき話だと思っています。そしてそれと同じように、あなたには、あなたの書くべき話がきっとあるんだと私は思います。自分の体験、自分の感覚、自分の思考…とにかく何でもいいですが、自分の深いところにある、
・このことを書きたい!
・このことを伝えたい!
という気持ちをしっかりと捕まえることが大事です。
・たった一つのセリフでもいい。
・たった一つのしぐさでもいい。
・たった一つの思いでもいい。
自分はこれを書きたいんだ!という何か一つ。
それをしっかり捕まえること。それをしっかり捕まえていれば、文章を書いたり本にしたりするのは、あとは技術と根気と時間の問題です。
どれだけの技術と根気と時間があっても、「自分はこれを書きたいんだ!」というものを捕まえていなければ、すべては徒労になるように思います。
他の本の著者さんが何を考えているか、私にはわかりませんが、私自身はそう考えています。
「自分はこれを書きたい!」と考え、
「誰に向けて書くんだろう?」と問い、
「どういう順番で、どういう構成にするか?」と悩み、
「いまの書き方で本当に伝わるのか?」と考えに考える。
それがとても大事なのだと思います。結城自身は、一冊一冊の本をそのようにして書いています。
せっかく本を書くのだから、自分のすべてを注ぎ込むようにして作ろう、といつも思っています。
「文章の書き方」という本はたくさん買いましたし、ちゃんと読みました。でも、『数学ガール』の書き方という本はありません。本を書くことに関するある程度の知識を得たらば、あとは実践的に書いてみるのが一番ではないかと思います。まずは書いてみる。そして何度も読み返す。それが大事です。
答えになっていないような気もしますが、以上でお返事とします。
もしも「ここをもっと知りたい」という部分がありましたら、また質問をお寄せくださいね。お待ちしています。
●質問をお待ちしています!
教えること、話すこと、文章を書くこと、本を書くこと…コミュニケーションに関わることならどんなことでもご質問ください。
シチュエーションを具体的に書いていただければ、それだけ深くお話しできますけれど、思っていることをふわふわっと書いてくださってもいいですよ。
(Photo by Peter Lorenz. https://www.flickr.com/photos/lorenzworks/7764840610/)
このノートは「結城メルマガ」Vol.002の内容を編集したものです。
http://www.hyuki.com/mm/
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