手抜きをしない(本を書く心がけ)
※結城メルマガVol.214からの抜粋です。
「本を書くというのはショーマンシップではない」というのはコンピュータ科学者のUllmanだと記憶している。『数学文章作法』のはじめでも引用した。
本を書くというのは、ショーマンシップではない。自分が目立つために書くのではないし、ほらすごいだろうと誇示するために書くのでもない。では何のために書くかというと、広い意味での教育のために書くのである。
教育のための本というと誤解されそうになるけれど、「教え込む」とか「上から目線で知識を伝授する」というものではない。もっと素朴である。
「あなたに、良いものを伝えたい」
という心づもり。それが本を書くためには必要だ。結城はそう思っている。
まあ、心がけとしてはそれでいいんだけれど、もう少し具体的な話に進みたいところだよね。
* * *
本を書くときに陥りがちなトラップの一つ。それは、「すでに知っている人の目を意識して書いてしまう」というものだ。
本を書くからには、自分はその内容について知っている。それは当然のことだ。そして本を書いているうちに、この内容については、あの人も知ってるだろうな、この人も知っているだろうな、という想像も浮かんでくる。○○先生ならもっと詳しく知ってるなあ。△△君ならさらに具体的事例を持っているだろう。うーん……
そう考えるのは別に悪いことではない。自分よりも「知っている人」のことを想像しても何も悪くはない。その想像に引きずられて、本当の読者のことを忘れなければ。「知っている人」を意識しすぎると、競争心や虚栄心がむくむくと起き上がる。こんな文章では平凡すぎて負けてしまうぞ。こんな事例ではつまらないと笑われるぞ。そんな思いにとらわれてしまう。
それは、危険である。
本を書くというのはショーマンシップではない。本は、すでに知っている人に向けて書いているのではない。まだ知らない人に向けて書いているのだ。そのことを忘れてはいけない。
著者が描こうとしている世界がある。プログラミングの世界でも、数学の世界でもなんでもいい。著者がその世界について書いた本、その本を通じて初めてその世界のことを知る読者がいる。著者は、その人のために書いているのだ。
少なくとも結城が書く本の多くはそうだ。結城はそのような本が好きだ。
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