《たとえば》をうまく使う(文章を書く心がけ)
※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。
こんにちは、結城浩です。
「文章を書く心がけ」のコーナーでは、文章を書くときに心がけたほうがよいことをピックアップしてご紹介します。
今回は「《たとえば》をうまく使う」というお話をしましょう。
●《たとえば》をうまく使う
文章を書く人は読者に文章を読んでもらいたいものです。そのため、読者が文章を途中で投げ出したりしないようにする工夫が必要です。「たとえば」を使って例を導入するのはその工夫の一つといえます。
「たとえば」という接続詞は、例を導入するときに使います。抽象的な話や、概念的な話や、ふわっとしたイメージを述べた後に、「たとえば」と書いて具体的な例を導入します。
抽象的な話や、概念的な話や、ふわっとしたイメージが続くと、読者は読むのに飽きてきます。読者の心の中では「だいたいわかったけど、何となく具体的にわかってないな」という思いが渦を巻き始めます。そのタイミングで「たとえば」と出せればベストですね。読者の心が「例」を求めているときに「例」を提示できたら最高です。
たとえば(←こんな風に使います)、次の説明文(1)を読んでください。
説明文(1)
公開するパッケージをJavaで開発する場合、
ドメイン名を逆にした文字列でパッケージ名を付けることが
推奨されています。
もともとドメイン名は、レジストリと呼ばれる組織が
トップレベルドメインごとに管理してその一意性を保っています。
Javaでは、ドメイン名の一意性を利用して
パッケージ名の一意性を保とうとしているのです。
この説明文(1)は、Javaというプログラミング言語に関係した説明文ですが、あまり読みやすいものではありません。その理由は、具体的な「パッケージ名」を出さないままで説明を続けているからです。この「説明文(1)」の中に、「たとえば」をちょっと入れるだけで、ずいぶん読みやすくなります。それが次の説明文(2)です。
説明文(2)
公開するパッケージをJavaで開発する場合、
ドメイン名を逆にした文字列でパッケージ名を付けることが
推奨されています。
たとえば、example.comというドメイン名を逆にして
com.exampleというパッケージ名を付けるのです。
もともとドメイン名は、レジストリと呼ばれる組織が
トップレベルドメインごとに管理してその一意性を保っています。
Javaでは、ドメイン名の一意性を利用して
パッケージ名の一意性を保とうとしているのです。
この説明文(2)では、「たとえば」に続いて、
ドメイン名の例:example.com
パッケージ名の例:com.example
という例を導入しています。読者はこの例を見ることで、「ああ、ドメイン名とはたとえばこういうものなんだね。ドメイン名を逆にした文字列ってこういうものか」と納得することができます。
読者というものは、文章を読みながら絶えず、
・ここで著者が主張しているのはこういうことかなあ?
・自分の理解は正しいかなあ?
と疑問や不安を抱いているものです。適切なタイミングで書き手が「たとえば」を出すと、読者は、
・ああ、そういう意味か、わかったよ。
・自分の理解は正しかったんだ。
のように安心します。疑問や不安が解消できた読者は、さらに文章を先へ読み進める元気が出てきます。
ですから、あなたが読者に文章を読み続けてもらいたいなら、適切なタイミングで「たとえば」を出すことはとても重要なのです。
●《たとえば》の出し過ぎに注意
「たとえば」は有効ですが、出し過ぎはいけません。たとえば、次の説明文(3)を見てください。
説明文(3)
公開するパッケージをJavaで開発する場合、
ドメイン名を逆にした文字列でパッケージ名を付けることが
推奨されています。
たとえば、example.comというドメイン名を逆にして
com.exampleというパッケージ名を付けるのです。
もともとドメイン名は、レジストリと呼ばれる組織が
トップレベルドメインごとに管理してその一意性を保っています。
たとえば、.comというトップレベルドメインは、
ICANNという組織が管理しています。
トップレベルドメインとは、
たとえば .com や .org や .jp などのことです。
Javaでは、ドメイン名の一意性を利用して
パッケージ名の一意性を保とうとしているのです。
一意性を保つというのは、たとえば…
説明文(3)ではたくさんの「たとえば」が出てきています。「たとえば」を出せば出すほど説明は具体的になっていきます。具体的にすればするほど、読者は理解しやすくなります。でも、具体的にすればするほど、文章は長くなってしまいますね。
また、具体的にした部分に読者の注目が集まりますから、出し過ぎると、何が大事なのかがわかりにくくなってしまいます。
ですから「たとえば」は、読者にしっかり理解してもらいたい部分に絞って使うとよいでしょう。
●《たとえば》の提示方法
「たとえば」をどのように提示するかという方法にも注意を払いましょう。
たとえば、文章を書いていると「ちょっとした例」ではうまく説明できないので「大がかりな例」を出したくなることがあります。でも、あまり「大がかりな例」を文中に入れてしまうと、話の流れがとぎれてしまう危険性もあります。
そんなときは、文中に例を入れるのではなく、「具体例は次の節で説明します」のような断り書きを入れ、節を改めた上でじっくり例を提示するのがよいでしょう。
また、大した長さではないから文中に例を出したいけれど、それを出すと読者の意識がそれてしまうという場合には、文中には「※1」のような印を入れておき、文章末尾の注や脚注として、例を提示する方法もよいでしょう。
いずれにしても、どのように例を提示すべきかという判断基準は、
「読者の理解を助けるかどうか」
です。あなたが想定する読者像、そこまで文章を読んできた読者の理解度、扱っている題材の中心的な主題、それらをすべて総合的に判断して、どのように、何に対して「たとえば」を述べるかを考えましょう。
読みやすい文章は、言葉を単にいじればできるわけではありません。読者の心の状態を書き手がしっかりと把握して、そこにフィットする言葉を提示することが大事なのです。
●誤解を避けるための《たとえば》
一般的に説明しただけでは読者が勘違いしそうなときには、「たとえば」が特に有効です。つまり、読者が勘違いしそうなところにフォーカスを当てた例を作るのです。たとえば、次の説明文(4)を見てください。
説明文(4)
ここで作るProcessクラスのインスタンスには、
生成された順番に通し番号が振られます。
そして、インスタンスは、その通し番号をもとに名前が付けられます。
インスタンスの名前は"proc-"の後に通し番号を付けた文字列です。
たとえば、
最初に作られたインスタンスは、"proc-0"という名前になりますし、
その次に作られたインスタンスは、"proc-1"という名前、
そして、10個目に作られたインスタンスは、
"proc-9"という名前になります。
10個目に作られたインスタンスの名前は"proc-10"ではなく、
"proc-9"であることに注意してください。
この説明文(4)では、インスタンスの名前の付け方について説明しています。「通し番号が振られます」だけではわかりにくいので、"proc-0"などのような具体例を提示しています。
説明文(4)では、さらに、ダメ押しのように「"proc-10"ではなく…」という説明も付加しています。このように具体例を使って説明すると、読者の誤解を格段に減らすことができます。
ただし、その一方で読者に対して「説明がくどい」という印象を与えてしまう危険性もあります。どこまでダメ押しをするかは、読者の理解度を書き手がどう考えるかによるでしょう。
ということで――
今回の「文章を書く心がけ」は、
「《たとえば》をうまく使う」
でした。いかがでしたか。
また次回もお楽しみに!
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