本を書いて生計を立てる(本を書く心がけ)

結城が原稿を書き始めた時代によく読んだ本の一つに『クヌース先生のドキュメント纂法(さんぽう)』がある。

原文は"Mathematical Writing"という。結城が書いた『数学文章作法(さくほう)』は、この本の結城バージョンであるといえる。

この『クヌース先生のドキュメント纂法』の第30章に「Jeff Ullmanによる金儲け法」というタイトルの章がある。このタイトルは一種の「釣り」なのだけれど、たいへん興味深い内容を含んでいる章だ。

この章では「書き手の生産性」について語られている。曰く、本一冊書くには千時間掛かる。曰く、コンピュータの本は40ドルくらいで、米国内では1500部売れるから……細かい数字まで現代に当てはめるのは無理があるけれど、要するに「筆者が一冊の本に掛けられる時間」と、「一冊の値段」と、「印税率」を考えて、「さてこれで生活できますか?」という話が書かれているのだ。Jeff Ullmanといえば、当時、コンピュータサイエンスでもっとも人気がある著者の一人である。

で、その結果。「だから弁護士かお医者になれと言ったでしょう?」という母親の声が聞こえる、というのが結論。つまり、本を書くというのは儲からないという意味だ。でもそこから、Ullman先生は、どうしたら少しでも儲かるか、という話を展開する。

具体的な数字は、時代が過ぎればあてはまらなくなるけれど、考え方は今でも同じである。著者が得るお金というのは、一冊の本を書くのに掛かる時間と、その本が旬を過ぎるまでに売れる冊数と、印税率から計算できる。

ある著者は、たくさんの冊数を書いて収入を上げようとする。別の著者は、印税率を上げて収入を上げようとする。中には「ネットで炎上」を起こして瞬間部数を増やす著者もいる。瞬間部数は考えず、長く売れる本を目指す著者もいる。どう考えるかは、著者のストラテジーすなわち戦略といえる。

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さて、そこで私の話になる。

結城浩の戦略はシンプルだ。自分の好きな本を書き、その品質をできるだけ上げ、多くの読者に楽しんでいただくことを目指す。

さらに「読者に一冊売っておしまい」という立場は取らない。読者に対して、「結城浩はこれからも、このようなおもしろい本を書いていきますから、応援してください!」と伝えて、末永く応援してもらうことを目指す。

著者の仕事は、本を書くことだ。だから、どんな形であれ、定期的に本を出す。現在の結城の仕事をいつも読者に見ていただく。それは欠かさない。

また、定期的に出すことで満足せず、読者の期待に応える本を出そうと努力する。読者の期待をいい意味で裏切る本を目指して日々研鑽する。そういう地道な仕事が大事だと思っている。

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矛盾した言い方になるけれど、本を書いて儲けようとは思わない。ちゃんとしていれば、お金は必ず、後からついてくると思っている。お金を最初に求めるのではなく「読者の満足」を最初に求めるべきだ、といつも心している。

結城は一発勝負をしたいわけではない。だから、何かを炎上させて自分の本を売り抜けようと考えたことは一度もない。そうではなく、結城が納得して読者に届けられる本を書きたいといつも思っている。

結城は「こりゃトンデモな本だ」と自分が思う本を書きたくはない。たとえ売れるとしても書きたくはない。たとえお金を得たとしても、だから何だというのか。大事なのは信用である。こつこつといい本を書く。もちろん完璧ではない。でも、その時点での自分の最善の本を出す。その心意気である。

自分で納得の行く本。読者の期待を裏切らない本。読者の期待を裏切るなら、いい意味で裏切る本。書く意義のある本。そういう本を積み重ねて「結城浩が書く本」の読者さんが増えてくれればいいと思っている。

読者さんが、結城の本を買ってくださったり、他の人に紹介してくださったりすることで、結城一家は生活できている。読者さんは、私が次の本を書くための「時間」を買ってくださっているともいえる。深く感謝である。

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皮算用がないわけではない。個人事業主だから、ささやかながら経営判断もある。何冊本を書くか。どこから何を出版するか。印税率はどうか。何部売れるか、売れたか。増刷はいつか。初版は何冊か。これからのトレンドは。マーケットは。などなど。

でも、正直なところ、それらは枝葉末節だと思っている。

実は、本を書いて生計を立てるときに考えるべきことはたった一つだ。いつもの《読者のことを考える》という原則。これだけで十分なのだ。読者のことを考えて、すべての判断を下すことが大事だ。

良い本を書こう。当然だ。

きちんと考えよう。あたりまえだ。

校正もしっかりしないと。もちろん。

それらはすべて、読者のためなのだ。

結城は「自分の好きな本を書いて生活する」という、知的労働者にとってある意味理想的な生活が与えられている。このことを真摯に受け止めている。結城はこれからも本を書き続けていくだろう。数学の本に限らず、プログラミングの本に限らず、さまざまな本を書くだろう。

どんな本を書くにしても、結城はいつも《読者のことを考える》という「たった一つのこと」を握りしめて書く。これが私の命綱だ。これが我が家を支える土台だ。

結城は《読者のことを考える》という原則が正しいことを確信している。なぜなら、これは「相手のことを考える」という《愛の原則》に合致しているから。結城の生き方の根底にはキリスト教的な愛が存在し、それが私の毎日を支えている。

自分の能力には限界がある。しかし、方向は間違っていない。自分のことではなく、相手のことを考える。著者のことではなく、読者のことを考える。これが、人生を生きていく大切な心構えだ。結城はそのように深く信じて生きてきたし、生きている。

自分の能力は限られている。しかし、方向はまちがっていない。これを確信できるなら、毎日に迷いはない。自分のなすべきことを淡々と進めていくだけである。

いつも喜び、たえず祈り、すべてに感謝しつつ。

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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年12月22日 Vol.195 より

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結城浩

書籍執筆者。著書に『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など。http://bit.ly/hyuki-mm にて「結城メルマガ」をnote配信中。https://bit.ly/girlnote にてcakes連載中。2014年度日本数学会出版賞受賞。

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