後悔の少ない人生を送るために大切なこと
結城メルマガVol.194(2015年12月15日)より
結城は、小さな頃から「後悔」というものがとても嫌いでした。小さな頃というのは、たとえば幼稚園や小学校時代の話。いまでも、後悔はとても嫌いです。まあ、後悔を好きな人はいないとは思いますけれど。
結城が後悔を嫌いな理由。
結城は、後悔するときの感覚が嫌いなのです。あえて言葉にするなら、胸の奥の方、腹の底の方から、熱くて苦いものが「わあっ」と湧き上がってくるような感覚です。
時間は、決して巻き戻すことができません。英語のことわざに、It is no use crying over spilt milk. 「こぼしたミルクを嘆くのは無駄だ(覆水盆に返らず)」というものがあります。まったくその通り。こぼれたミルクは戻せない。その「戻せない」という感覚がとても嫌いなのです。巻き戻すことができない。「不可逆」という言葉に出てくる「不」の一文字の重みが嫌い。
子供のころから後悔が嫌いで、時間は巻き戻せないということを身にしみて知ってから、時間は注意して扱わなければいけないと思うようになりました。「今日失った機会、明日取り返せるだろうか」あるいは、「今日決めてみんなに知らせた。明日、それを撤回できるだろうか」とよく考えるようになりました。
* * *
人生というものが時間の上に乗って進む以上、人生のほとんどのことが不可逆である。
バージョン管理システムを使って、「しまった、一日前の状態にすべてを復旧しよう」というわけにはいかない。
プログラムだけなら復旧できるかもしれないが、人生の出来事すべてを復旧することはできない。時間の流れを未来に進みながら、何とかその中で修復を試みるしかない。
でも、あるとき思った。「成功か失敗か」という結果そのものは、実は後悔とは無関係だということに。私が嫌いなのはあくまで「後悔」なのである。
もちろん失敗するのは悔しい。 できれば、一日分を巻き戻してリトライしたいこともある。でも「失敗した悔しさ」と、私が大嫌いな「後悔」とは、ずいぶん違う。
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