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「人をほめる」ときの、ちょっとした工夫(教えるときの心がけ)

※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。

こんにちは、結城浩です。

「教えるときの心がけ」のコーナーです。

このコーナーでは、私たちが人に何かを教えるとき(つまり、教師役になったとき)の心がけをお話しています。

今日は「ほめる工夫」という話をしましょう。

●子育ての経験から

結城には子供が二人います。子育てをしていると、しょっちゅう、

 「自分が《教えるときの心がけ》なんて話す資格はあるのかな」

と落ち込むことがあります。

他の人はどうかわかりませんが、結城の場合、まったくの他人に教えるよりも、自分の子供に教える方がずっとずっと難しいです。

自分の子供に教えるのはとても難しい。それでもたまに、とてもうまくいくときがあります。それは「ほめる」ということをしたときです。

 子供が何かちょっとした良いことをする。そのときにほめる。
 子供が良いことを言う。そのときにほめる。
 ほめられた子供はうれしそうな顔をする。

そして、そのあと、私のいうことを(比較的)素直にきいてくれる。そんな感触があります。

教えるときというのは、教師(教える立場の人)のいうことを生徒(教えられる立場の人)が素直にきいてくれると、話がスムーズに進みます。

 教師「じゃあ、これをやってください」
 生徒「はい」

これで話が進みます。「やだよ」「なんでそんなことをするの」「やりたくない」……そんな言葉や態度が生徒から出てこないで、

 教師「じゃあ、これをやってください」
 生徒「はい」

こんなやりとりになったら「教えること」はとてもやりやすくなります。

折にふれて「相手をほめる」と、このような素直なやりとりになるケースが多いような気がします。

ところが、このような素直なやりとりを引き出してくれる「相手をほめる」という行動を起こすことが実に難しい。特に自分の子供をほめるのは難しいものです。

●自分からほめに行く

そんななかで、最近少し気づいてきたことがあります。それは、教師が、

 「自分からほめに行く」

という態度をとるといいようだ、ということです。

「自分からほめに行く」というのは、教師の方が常に生徒をよく見ていて、

 ・この生徒には、どこか、ほめるところはないか?

という態度でいるということです。教える方の立場の人が「ほめるところを常に探している」といってもいいでしょう。

生徒が《誰が見てもあきらかに良いこと》をやってからほめるのでは遅いのです。《誰が見てもあきらかに良いこと》である必要はなくて、たとえば、生徒が…

 ・新たなチャレンジを試みた。
  (成功したか、失敗したかは問わない)

 ・自分なりのちょっとした工夫をした。
  (あるいは工夫をしようとした)

 ・以前の失敗を繰り返さないように努力した。
  (実際に繰り返したかどうかはさておく)

というタイミングをめざとく見つけて、そこを教師の方から「ほめに行く」のです。

実際に良い結果に結び付いた場合にはもちろんほめますが、必ずしも結果が出せなくても、

 ・いままでできなかったことをやろうとする意思

 ・良い結果を出すための工夫

 ・そのためのプロセス

そのような《良いこと》をめざとく見つけることが大事です。

特に、大事なことを教える前にはがんばって「ほめに行く」といいです。それは糸電話に似ています。遠く離れた相手に、糸電話を使って話を伝える。話を伝えるためには、どんなに細くてもいいから、相手と自分との間に糸が張られている必要がある。糸がなかったら話は伝わりません。

教師と生徒の関係もそれにちょっと似ています。ほんの小さなことでよい。相手の何かをきちんと見つけて「ほめに行く」。それだけで、生徒との間に糸電話の糸が張られます。大きな仕事を命じたり、大事なことを伝えるのはそれからです。

相手ときちんとつながった状態(心理学でいう《ラポール》を築くことに近いでしょうか)を作ってから、教えるほうが、話はずっとスムーズにいくものです。

教えるときには、自分から「ほめに行く」ことを心がけてみてください。

自分から「ほめに行く」以外にも「ほめる工夫」はたくさんあります。いくつか簡単にお話ししましょう。

●ほめるときには人前でほめる、しかるときには個別にしかる

基本的に、

 「ほめるときには人前でほめる、しかるときには個別にしかる」

方がうまくいきます。

どんな生徒でもプライドがあります。人前でしかるのは、非常に危険です。簡単に「さらしもの」のようになってしまいますから。

人前でしかると、教師と生徒間の信頼関係をかなり危険にさらすことになります。

●ほめるときには本気でほめる

また、

 「ほめるときには本気でほめる」

のが大切です。

本気でほめるというのは、「お世辞」や「おだて」でほめるのではないという意味です。 教師が「それじゃここでおだててやろうか」などと思ってはいけないということです。

真剣になって生徒のほめるところを探す。そして小さなことでもかまわないけれど、自分が本気で「ここはよい」と思うところをほめるのです。

生徒は教師の本気の度合いを敏感に察知しますから、本気でほめているのか、お世辞でほめているのかは簡単に見抜くものです。

●ほめるときにはまじめにほめる

さらに、

 「ほめるときにはまじめにほめる」

のもよいことです。

ふざけ半分にほめるのではなく、短い言葉でいいので、きちんとまじめに、はっきりとほめましょう。「ほめ言葉」は短くてもきちんと相手に届きます。

へらへら笑いながらではなく、まじめに(ほどよい笑顔で)ほめるようにしましょう。

●そっと手で触れてほめる

教える相手が家族のときには、

 「そっと手で触れてほめる」

のもよい方法です。

自分の配偶者や、自分の子供、あるいは親をほめるときには、手で相手の身体に触れながらほめるということです。

最近ではセクハラなどの問題になることもありますから、この方法は学校や会社など、他人の異性相手では難しいですね。ご注意ください。

親の肩をもみながら「いつもありがとう」というのは最高です(この文章、うちの子供読んでくれないかなあ…)

●ときには具体的に、ときには抽象的にほめる

ほめる工夫の一つに、

 「ときには具体的に、ときには抽象的にほめる」

というものもあります。

 教師「○○は、このあいだまで▲ができなかったけど、
    最近は▲も★もちゃんとできるようになったな!
    すごいぞ!」

こんなふうに、良いところをピンポイントで具体的にほめると、生徒は「あ、ちゃんと見ててくれるんだな」と思ってくれます。それはとてもよいことです。

でも、必ずしもいつも具体的にほめなくてもいいのです。

教師であるあなたが本気で思っているなら、抽象的にほめてもかまいません。

 教師「○○は、最近よくがんばっているようだな!いいぞ!」

「よくがんばっている」という抽象的で大ざっぱな表現であっても、タイミングが的確なら、これだけでも生徒はうれしくなるものです。繰り返しになりますが、お世辞をいうつもりでほめないように。

●まとめ

このように、ほめるときの工夫はたくさんあります。
きっとこの文章を読んでいるみなさんも、

 「こういうほめ方はうまくいった」
 「こういうほめ方は失敗した」

という体験があると思います。ほめることが難しいのは結城もよくわかります。

上でお話ししたような工夫は、あなたの愛情を曇らせるものではありません。
「ほめる」ためには、相手に対する愛情はもちろん必要ですが、工夫も必要なのです。

 ・自分からほめに行く
 ・ほめるときには人前でほめる、しかるときには個別にしかる
 ・ほめるときには本気でほめる
 ・ほめるときにはまじめにほめる
 ・そっと手で触れてほめる(同性、家族などの場合)
 ・ときには具体的に、ときには抽象的にほめる

こんな「ほめる工夫」を心にとめておき、
自分の「いいね!」という気持ちをきちんと相手に伝えましょうね。

今日の「教えるときの心がけ」はいかがでしたか。
また次回もお楽しみに!

※以降に文章はありません。「スキ」や「投げ銭」での応援を歓迎します。


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