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数学の試験で《対話》を使う難しさ(教えるときの心がけ)

結城はここ十年以上「数学ガール」という数学物語を書いています。そこでは《数学トーク》ともいえる《対話》が重要な役割を果たします。特に「数学ガールの秘密ノート」「数学ガールの物理ノート」は、全編が対話形式で書かれていますのでなおさらです。

「対話形式で書かれているので読みやすい」と読者さんから言われることもあれば、「対話形式で書かれているので読みにくい」と言われることもあります。

対話形式は読みやすいのか。それとも読みにくいのか。これは読者さんの好みや、すでに持っている知識や、学び方のスタイルですからどちらが正しいという話ではありません。いわば本との「相性」ともいえるでしょう。

ところで、一般的な読書ならば「相性」でいいのですが、試験問題ならばそうはいきませんね。《数学トーク》を全面的に取り入れた数学の試験があったとしたらどうでしょうか。

これはあくまで結城の個人的な考えですが、《数学トーク》によって試験問題を作るのは非常に難しいと想像します。それはなぜかというと《数学トーク》のおもしろみの一つは《迷う》ところにあるからです。

《数学トーク》には、複数人が登場します。そして、各人がそれぞれに数学に関わる話をします。最初の時点で各人に見えているのは全体のほんの一部に過ぎません。ですから、各人各様にまちがったり行き詰まったりします。

ある人がまちがう。別の人が行き詰まる。誰かが気付く。また誰かが関連する別の話題を持ち出す。最初まちがった人が新たな発見をする……

登場人物のそのような《迷い》や一見むだに見える動き。それは《数学トーク》という対話の中で自然に発生します。

登場人物が余計な回り道をして解決策を探していくプロセスというのは、なかなか一本道にはなりません。一本道がすでに見えている人にとってはむだに見える動きでも、見えていない登場人物にとっては何がむだなのかわかりません。動いて始めて「これは違うな」とわかるのです。

その《迷い》の部分。そのむだに見える部分。それは「数学ガール」などに出てくる《数学トーク》をおもしろいと感じさせる要素の一つです。そして同時に、人によってはつまらないと感じさせる要素の一つでもあります。

答えがわかっている一つの知識を得るだけなら、最短距離で伝えるのが効率的です。時間も手間も掛かりません。ですから、わざわざ対話形式にする必要もありません。

しかし、ある知識と他の知識の関連探索、こんな疑問を持ったらどうなるだろうかと考える実験や試行錯誤、人の学び方を見て自分の学び方を見直すメタ知識……そういったものを表現するときには、対話形式がうまく効くことがあります。

何より《対話》の醍醐味は「読者がいっしょに参加する」ところにあります。ですからその《数学トーク》と波長が合えばとても楽しい体験になりますが、波長が合わなければぜんぜん意味のない体験にもなります。

一つの知識を与えることに特化した《数学トーク》は可能でしょうか。その場合は、よっぽどうまく対話を練らないと、超人的に理解力が高い登場人物ばかりになる危険性がありそうです。

以上書いてきたことは、結城自身が《数学トーク》や《対話形式》全般について抱く印象です。

ですから《数学トーク》は「数学」をじっくりと学んだり、「数学の学び方」を学んだりするには(うまくいけば)効果的でしょう。しかし、《数学トーク》を短時間に答えなくてはならない試験問題にするのは非常に難しいでしょう。

《数学トーク》が試験問題になったとしたら、受験者は数学を考えるだけではなく、登場人物の考えを追うことを強いられる可能性があります。受験者はそんな方向で考えずとも答えにたどり着けるときでも。

そのように考えると、問題文をよっぽど練るか、あるいは思い切って割り切るかしないと、《数学トーク》の良さは活かせないのではないかと思います。

しかしながら、以上はあくまで一般論です。物語であれ試験であれ、手練れが作ればおもしろく効果的なものは作れるはずです。ですから、たとえば共通テストの数学で対話形式の試験問題が出ることの是非について私には何ともいえません。非常に難しいだろうとは思います。

以上は、十数年ほど《数学トーク》の物語を書いてきた経験からのひとつの意見にすぎません。それほどおかしなことは書いていないと思いますが、私は数学者ではなく、教育の専門家でもなく、試験の専門家でもないということをお断りしておきます。

『数学ガールの誕生』は、何を考えて数学ガールを書いているかを書いた本です。

◆『数学ガールの誕生』

『数学ガールの秘密ノート/学ぶための対話』は、「数学を学ぶ」と「「数学を学ぶ」を学ぶ」の両方が書かれた本です。

結城浩のメールマガジン 2020年4月7日 Vol.419 より

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