中高生が数学を学ぶ秘訣(教えるときの心がけ)
※結城メルマガVol.225より。
※電子書籍(epubとPDF)がダウンロードできます。
いま「中高生が数学を学ぶ秘訣」というタイトルを書きました。
でも「誰も気がつかない秘密」という意味での秘訣をお話するわけではありません。
中高生が数学を学ぶためには、
・教科書や参考書をきちんと読む
・自分の頭で考え、自分の手を動かして書く
・わからないところはもっと考える
・どうしてもわからないところは先生に聞きに行く
ということが大切で、これでほぼ尽きているのじゃないでしょうか。
その意味では「秘訣」はありません。というか、みんな知っています。
でも、結城がこれからお話ししたいのは、もう少し違う意味での「秘訣」なのです。
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結城は、毎日頻繁にTwitterやWebで「エゴサーチ」をしています。「数学ガール」を検索して、読者さんの反応や感想を読んでいます。そういう生活をここ十年ほど続けているうちにわかってきたことがあります。
それは多くの人が、本を読む《前》に、
「この本は自分が理解できる本だろうか?」
をとても気にしているということ。
この本は自分にとって易しいか、難しいか、理解できるか、挫折するか……それを、本を読む《前》に知りたいと思っているらしいのです。さらに、ときにはそれを他人に判定してもらいたいと思っているようです。
そのように思う気持ちを批判しているのでも、悪いと責めたいのでもありません。気持ちはよくわかります。少なからぬお金を払って買うのだから、自分が「読める」本を買いたいし、自分が「理解できる」本を買いたい。まったくそれは正しいです。私自身も、何か本を買うときに同じことを考えます。
でも「数学を学ぶ」という点で考えると、あまりそれを気にしすぎるのは良くないんじゃないかな、と思います。読む前から「自分が理解できるか」を気にしすぎて、「理解できなそうだから、読むのをやめよう」とか、「理解できなければ、手に入れても意味はない」と思うのは、「数学を学ぶ」という点からは良くないのでは、と思うのです。
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「数学書」などと話を広げるといささか問題がありそうなので、結城の本に限定することにしましょうね。
ある人が「数学ガール」シリーズを読んで「わかる」かどうかを、他人が事前に判定することはかなり難しいと思います。「数学ガール」シリーズでは高校数学や大学数学を扱うから、中学生にはわからない……とは一概にいえないということです。
なぜなら、「わかる」という言葉にはいろんな意味があるからです。必ずしも、その本に書かれた命題を数学的に理解することだけが「わかる」ということではありません。
さらに、本に書かれた内容を「いますぐわかる」ことが大切とは限りません。本を読む《前》に「この本は理解できるだろうか」という条件を課すのは、「もったいない」と私は思います。
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私が書いた本だから「わからなくても買いましょう」と主張しているわけではありません。そうじゃなくて、
この本に書かれている難しい数学を、
自分が理解できるなら買う、
理解できないなら買わない
という判断がもったいないと思っているのです。
なぜなら、少なからぬ人数の中学生・高校生が、
数学的内容はさっぱりわからなかったけれど、
これを読んでから数学が好きになった。
と言ってくださっているからです。その人たちには「数学ガール」シリーズを読んで、数学的な知識は伝わりませんでした。少なくとも、とりあえずは。
でも、
《数学のおもしろさ》
は伝わったのです。
「数学のおもしろさが伝わった」というポイント。結城は(自分の本だからいうわけではありませんが)、このポイントがとても大事だと思うのです。
数学啓蒙書を数学参考書といっしょにしてはいけないポイント、それがここにあります。数学ガールはいわゆる《学習参考書》ではありません。数学的命題の「添え物」として物語があるわけではありません。
数学ガールはあくまで数学青春物語です。まじめな数学を扱いますが、数学書ではありません。聡明なミルカさんや、元気少女テトラちゃんたちが、リアルな数学を題材に話し合っているようすが描かれています。つまり、この本を読むのは(大学でいえば)ゼミを覗くようなものです。
難しそうな問題でも、彼女たちは真剣に考える。易しそうな問題でも、新しい視点から捉え直そうと努力する。コンピュータは使えないだろうか。根気よくやれば解けるだろうか。もっとエレガントに解く方法はないのか……そんな彼女たちの取り組みが描かれます。
部活動にも似ているかもしれません。生徒が、先輩の活動を眺めている。先輩同士は難しそうな言葉を使って会話している。その会話を聞きながら「内容はわからないけれど、ここには《真剣に向かう価値がある問題》があるのだな」と体感する。一つの場に集まって共に時間を過ごす。
結城は「数学ガール」を通して、そんな場を描こうとしています。本の中に描くだけでなく、読者を巻き込んでそういう場を作ろうとしています。書かれていることを、数学的に理解するというのは、そこで起きている出来事のほんの一部の話なんですよ。大事なのは「いっしょに、数学しようよ!」という場に身を置いてもらうこと。
「数学ガール」シリーズを多くの人に愛読していただいているのは、数学の知識が身につくからだけではないと思っています。数学の魅力に触れ、学ぶ喜びに触れ、真剣に考える楽しみに触れることができるからだと思います。数学はとても楽しい学問で、いくらでも易しいところから、いくらでも難しいところまで、無限に広がっているのです。
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この文章の始めに、数学を学ぶ秘訣というのは、秘密になっていることは何もなく、
・教科書や参考書をきちんと読む
・自分の頭で考え、自分の手を動かして書く
・わからないところはもっと考える
・どうしてもわからないところは先生に聞きに行く
……だと話しました。
でも、数学というものに魅力を感じなければ、「ここには何かおもしろいものが隠れているぞ」という気持ちが持てなければ、上に箇条書きしたような行動を取る気持ちにはなれないでしょう。
エンジンを用意して、燃料を入れたとしても、着火しなければ車は動き出さないのです。
その意味で「数学の魅力を体験的に知る」ことは「数学を学ぶ秘訣」の一つであるといえるんじゃないでしょうか。
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