
『数学ガール/ガロア理論』の作業ログから(本を書く心がけ)
※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。
こんにちは、結城浩です。
「本を書く心がけ」のコーナーでは、これまでの書籍執筆の経験から学んだことを書いていこうと思います。
結城は、約20年間ずっと本を書いてきました。そしてその中で、いろんな経験をしてきました。その経験を通して得た自分なりのBest Practice(仕事を行う上での最善の手法)もいくつか持っています。
今回は、2012年刊行の『数学ガール/ガロア理論』の作業ログから話題をピックアップしてみましょう。
●本のタイトルを考える
刊行の約一年前、2011年3月26日の作業ログから引用します。
2011-03-26 10:20:29
タイトルはどうしようか。
『数学ガール/ガロア理論』にするか。
『数学ガール/ガロアの理論』にするか。
フェルマーとゲーデルのときは「の」を入れた。
今回はどちらでも言葉としてはOKだ。
「の」を付けない方がおさまりがよい。
Vol.1『数学ガール』
Vol.2『数学ガール/フェルマーの最終定理』
Vol.3『数学ガール/ゲーデルの不完全性定理』
Vol.4『数学ガール/乱択アルゴリズム』
Vol.5『数学ガール/ガロア理論』
これでいくか。
約一年前ですから、ちょうど新しい本を書き始めようとしていたころです。この作業ログでは、これから書く書籍のタイトルについて考えています。
「…ガロア理論」とするべきか。
「…ガロアの理論」とするべきか。
「の」の有無について考えているわけです。
既刊の書籍のタイトルからすると、「ガロアの理論」のように「の」を入れた方が一貫しているけれど、さてどうしようか…。
しばらく考えた末に「ガロア理論」を使うように決めました。作業ログでは「おさまりがよい」とだけ書いていますが、実際には「ガロア理論」と「ガロアの理論」の両方をGoogleで検索したり、参考書を調べたりして、最適な表現を探しています。
本のタイトルを考えるのはとても楽しい仕事ですが、とても難しい仕事でもあります。
・読者さんが見てぱっと意味がわかるものにしたい。
・本の内容を表しているものにしたい。
・長すぎないようにしたい。
このような条件を考えながらタイトルを決めます。自分で決める場合もありますし、出版社の編集者さんに決めてもらう場合もあります。あるいは出版社さんから「こうしてほしい/こうします」という要請を受けることもあります。
●処女作のタイトル
結城の処女作(最初に刊行した本)のタイトルは、
『C言語プログラミングのエッセンス』
というものでした。しかしもともと結城がつけようとしていたタイトルは、
『プログラミングのエッセンス』
でした。私は「C言語」がつかない方が内容に合っていると思うのですが、出版社さんの意向を受け入れて「C言語」を冠することにしました。
ちなみに「C言語」を付けると急に実用的な雰囲気になります。特定のプログラミング言語のノウハウが書かれている本のように見えるからでしょうね。「C言語」を付けないとかなり大上段に構えた本に見えます。
●『数学ガール』のタイトル
2007年に刊行した『数学ガール』という本のタイトルは当初、
『数学ガール・ミルカさんとテトラちゃん』
でした。これは私が付けたタイトルです。校正していたある日、編集長さんから、この本のタイトルは
『数学ガール』
に変えませんかという打診がありました。このときも編集長さんの意向を受け入れましたが、いまにして思えば、この変更は大正解だったと思います。『数学ガール』だけの方が、短くてインパクトがあるからです。
『数学ガール』は数式がいっぱい出てくる本なので、はっきりいって売れるかどうかわかりませんでした。当時は、続編を出せるかどうかなんて考えもしていませんでした。もしも続編を出せることがわかっていたなら、
『数学ガール(1)』
のように数字(1)を付けていたかもしれません。本のタイトルについてはまだまだ語ることはあるのですが、それはまた別の機会にお話しすることにして、先に進みましょう。
●ポエムのようなブレーンストーミング
さて『数学ガール/ガロア理論』の作業ログ、別の箇所から引用します。
2011-03-23 09:11:03
どうして、そんなに遠い世界のことがわかるんだろう。
どうして、まったく分かれている二つの世界が
つながっていることに気づけるのだろう。
2011-04-07 09:21:05
あの人が自分にとってかけがえのない存在だと、
どうやって判断するのか?
どうやって評価するのか?
いつまでに、いつまでに、いつまでに?
いつまでに、自分の能力を証明しなくてはならないのか。
2011-04-08 06:05:06
僕にとってかけがえのないあの人――
その人にとって、僕自身はかけがえのない人なのだろうか。
かけがえのない存在なのだろうか?
いったいこれは、中学生のポエムですか?
そんな風にツッコミを入れたくなるような作業ログですね。改めて読むといささか恥ずかしくなってきます。
結城は、本を書くときに「自分の心に浮かぶ言葉」をそのまま、テキストエディタに吐き出します。文法も何もなく、言葉もおかしくてかまわない。心に浮かんだことをとにかく書いていきます。
制御しない方がいい。まずは、自分が考えていることや自分がイメージしていることをバンバン書いていきます。
書けるだけ書いて、書き尽くした後にそれを読み返します。すると、
「ああ、自分はこういうことを考えているんだな」
ということに気付きます。私はそのような気付きがとても大事だと思っています。
本を一冊書くというはとても時間と労力が掛かることです。ですから、本の方向性を間違えないように注意しなくてはいけません。
でも、最初から「ちんまり」と小さくまとまる書き方はよくありません。むしろ逆に、
・イメージを大きく大きく広げる。
・関連することをすべて書こうとしてみる。
・自分に書けるか書けないかを忘れる。
そうやって心を自由にしてやると、「本当に大事なのはこれだ!」というものが見つけやすくなります。
まずは整ってなくてもいい。素材をすべて、まな板の上に乗せる。それからゆっくりと、削り、磨き、整えていく。
そんな書き方が私のお気に入りです。
上に書いた「ポエムのようなブレーンストーミング」は、作業ログに残したほんの一部です。
実際には原稿ファイルの上で、もっと大量に似たような文章を書いています。たっぷり書いて、たっぷり削る。そして、その作業を行うためにたっぷり時間を取る。結城は、そんな風にして本を書いています。
●まとめ
ということで――
今回の「本を書く心がけ」のコーナーでは、
『数学ガール/ガロア理論』の作業ログを題材にして、
・本のタイトルを考える
・処女作のタイトル
・『数学ガール』のタイトル
・ポエムのようなブレーンストーミング
という話題をお送りしました。次回もどうぞお楽しみに!
(Photo by Rui Fernandes. https://www.flickr.com/photos/ruifernandes/4930218619/)
このノートは「結城メルマガ」Vol.001の内容を編集したものです。
http://www.hyuki.com/mm/
結城が書いた書籍『数学ガール』はもうお読みいただけましたか?
http://www.hyuki.com/girl/
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