「次の一歩」を進めよう!(日々の日記)

気がつくと50歳を過ぎていた。

でも、自分の意識の上では23歳……げふんげふん……27歳くらい。自分の年齢についての主観的感覚は、まちがいなく20代である。

結城はこれまで、プログラミングを書いたり文章を書いたりして生活してきた。いわば「もの書き」として二十数年暮らしてきたことになる。

率直にいって、自分の人生がどうだったかというと、「楽しい」である。プログラムであれ文章であれ、書く仕事はとても楽しい。

そういう意味で、私の職業人生というのは幸福で満ちている。「満ちていた」と過去形にしないのは、まだまだ私は仕事をするつもりでいるからだ。

 * * *

結城はサインを求められるとき、

 "Enjoy!"

と書くことが多い。文字通り「楽しめ」ということでもあるし「享受せよ」ということでもある。もちろん、適当に書いているわけではなく、深い意味がある。その根源には"joy"(喜び)というものがある。

ベートーベンの『歓喜の歌』は"joy"の歌である。ホルストの組曲『惑星』の木星も"joy"の歌である。"joy"はそれほど重要な概念なのか。その通りである。

悪魔は喜ぶことはできない。悪魔にできることは嘲笑だけだ。喜ぶこと、ほんとうに喜ぶことは、悪魔にはできない。喜び、喜べ。

体調がすぐれないとき、人は喜べない。気がかりなことがあるとき、人は喜べない。ねたみごころや、不健全な思いが心を占めているとき、人は心から「喜ぶ」ことはできない。C-dur(ハ長調)で歌えない。

素朴な喜び。素直な喜び。まっすぐに、

 「好きだから好き!」
 「すてきだからすてき!」
 「かわいいからかわいい!」
 「いいからいい!」

という喜び。

 * * *

人は、嫉妬心から抜け出ることは困難だ。「隣のあいつ」よりも一歩だけ先んじようとする誘惑から抜け出ることは難しい。もっとも抜け出しにくい誘惑。それが嫉妬である。

嫉妬は、競争的である。しかも、近視眼的な競争だ。

となりのあいつ、すぐ近くのあいつ、いま見かけたあいつとの比較で勝負しようとする心。絶対的な価値や、絶対的な美しさを求めるのではなく、たまたまそばにいた相手と比較する。せせこましい勝負と、ちっぽけな価値観で一喜一憂するのが、嫉妬という誘惑である。

「だれかとの比較」のみに価値観の基準を置く指標は疑った方がいい。

時間的に長持ちする、できれば、永遠に触れるような価値。そんなものに近づきたいなら、すぐそばのあいつさえ蹴り落とせばいいなんて発想にはならない。むしろ、すぐそばにすばらしい相手がいたならば、喜び、喜べ。そうすると、世界の見え方が変わる。

 * * *

求めるのは、ここ数日、ここ数年、ここ数十年の価値ではない。 求めるのは、もっと長く、ゆったりとした大きな価値だ。数百年の価値、できれば永遠に続く価値。そういうのを求めた方がいい。

永遠に最も近いものは現在である。

自分が何かをなすのは現在である。過去はすでに固定されている(自分は何もできない)。未来はまだ手元に来ていない(自分は何もできない)。自分が永遠に対して影響を及ぼせるのは現在でしかない。

結城は、

 「次の一歩」

という表現が大好きである。「次の一歩」あるいは「今日という一日」「いま、ここで」。そういう表現が大好きである。「次の一歩」なら、「このような小さな自分でも立ち向かえる(かも)」と思えるから。

昨日の失敗、先週の失言、去年の挫折。それに対して「今日の自分」は無力である。時間を逆転させるなんて、誰にもできないから。

だから、結城は「次の一歩」という言葉が好きだ。過去はああだった。現在の自分はこうだ。だとしたら、「次の一歩」はどうしようか。「次の一歩」を考えるのは意味のある行為だと思う。

 * * *

「次の一歩」は何だろう。

「次の一歩」として有効なことは何だろう。

それは人によって違う。

ある人は、しばらく放置していた論文書きに再挑戦するかもしれない。

ある人は、顔を洗って同居者に「ありがとう」と一言いうかもしれない。

ある人は、おわびのメールを書くかもしれない。

そのような多彩な「次の一歩」を他人と比較するのは無意味である。

誰かの「次の一歩」と、自分の「次の一歩」を比べることには、まったく意味はない。

自分がどんな「次の一歩」を選択しようとも、誰も文句はつけられないし、点数もつけられない。ただ、自分の選択と、その結果が残るだけだ。

 * * *

「次の一歩」をどうするか。

自分で考え、身もだえながら、苦しみながら、喜びながら、「次の一歩」を進める。

結城はそれを「ほんとうの人生」だと思う。報いはすべて自分に返ってくる。これは私の人生だから。

その代わり、誰のせいにもしない。「次の一歩」を選んだのは自分だから。誰かから責められてもたじろがない。「はい、その一歩を選んだのは私です。私の人生ですから」と返せばいい。結城はそれが人生というものだと思う。

さぼってもいい。休んでもいい。どんどん進んでもいい。「次の一歩」を選ぶならば。人のせいにしないならば。そうなんだ。私は覚悟を決めたかっただけなんだ。

私の、今日の、「次の一歩」はこれだ!

そう言いたかったんだ。

 * * *

ポイントは、覚悟にある。「次の一歩」を進める覚悟を決めること。そして、結果を両腕を大きく広げて受け止めること。

受け取ること。享受すること。"Enjoy"すること。

自分にとっての"joy"とは何かを考えること。

 * * *

今年もすでに三分の一を過ぎた。

自分って、誰だっけ。私って、何をしたいんだっけ。喜びって何だっけ。

柔らかな春から、力強い夏へ向かう季節だ。

あなたは何をしますか。

あなたは今年、どんな人生を生きますか。

何を"Enjoy"しますか。「次の一歩」をしっかり考えて進もう。喜び、喜べ。きっと最高の人生があなたを待っている。

結城は、そんなふうに思うのです。

 * * *

#結城浩 #日々の日記

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※結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2015年5月5日 Vol.162より


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結城浩

書籍執筆者。著書に『数学ガール』『プログラマの数学』『数学文章作法』『暗号技術入門』など。http://bit.ly/hyuki-mm にて「結城メルマガ」をnote配信中。https://bit.ly/girlnote にてcakes連載中。2014年度日本数学会出版賞受賞。

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