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恋愛観が食い違う相手との恋愛(コミュニケーションのヒント)

質問

「愛」の概念が食い違っている人同士は、どうすればうまくいきますか。

結城浩のメールマガジン 2018年10月2日 Vol.340 より

回答

ご質問ありがとうございます。

まず、大きな前提として「もともと人は食い違うものである」を理解する必要があると思います。もしも、まったく食い違わないとしたら、それは「一人」ということですからね。

といっても、「愛」とはどういうことであるかに関して、大きな食い違いがあるとしたならば「恋愛」について、あるいはもっと広く「人間関係」について、難しい局面は多くなると思います。恋愛観の相違。

しかしながら、お互いに「割りに合わないなあ」と思いつつも、譲ったり、探ったり、擦り合わせたりしていくこと。そのような方向に進むことは、愛に近づいているようにも思います。つまり、最初から一致しているわけではなく、カチッと一致できるわけでもないけれど、少しずつ合わせて行く感覚です。

食い違いを確かめたり、食い違いを埋めていくためには互いに情報交換が必要になります。相手とあれこれ食い違うときには、相手の状態や気持ちや考えを知りたくなるのは自然なことです。もちろんそれと同時に自分の状態や気持ちや考えを伝えたくなるわけです。

質問するときには注意が必要です。うっかりすると相手を「問い正す」行為になってしまうからです。また自分の状態を伝えるときに「押しつける」行為になることもあります。そこは考えどころですね。相手の考えを聞くのは大事だけど、問い正していいのか。自分の気持ちを伝えることも大事だけど押しつけるのはどうか。

しかも「愛」のような概念に関しては、言葉だけのやりとりですべてが完了するわけではありません。非言語的な振る舞いや、行動によっても恋愛観や価値観は表現されます。そこの相互理解や擦り合わせは難しいです。言葉では「Aだよ」といいつつも常に行動が「B」だとしたら、その人はどんな価値観を持っているといえるか。

人間は人格を持っています。ですから、気持ちや考えを外に出したくないとなったら出さなくなります。出したとしても、どこまで出したかはわからないし、すべて出したかどうかもわからない。人間は繊細なものです。北風と太陽のように、場を作り忍耐強く待つことも、時間に信頼することも必要かもしれません。もちろん正解がどこにあるかは誰にもわかりません。

人格を持っていること、繊細であること。それは自分がそうであるのと同じように相手も同じです。自分が不満を持つように相手も不満を持つ。自分が知りたいと思うように相手も知りたいと思う。自分が「このくらいわかってほしい」と思うように相手も「このくらいわかってほしい」と思う。

人間関係というのは、ゆがんだガラス窓を通じて相手を見ているようなものであり、ゆがんだガラス窓の向こうにある鏡に反射する自分を見ているようなものでもあります。

「どうすればうまくいくか」への直接的な回答はありません。あなたが「どうすればうまくいくか」と思っているように、相手も「どうすればうまくいくか」と思っているかもしれませんね。

まるでなぞなぞのような回答ですけれど、ご健闘を祈ります。


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#結城浩 #コミュニケーションのヒント #コミュニケーション #愛 #恋愛観


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