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本を書くときの限界はどこにあるのか

本を書くときの限界はどこにあるのかというお話をしましょう。

結城浩のメールマガジン 2017年8月15日 Vol.281 より
※注意:以下の文章における「現在」は2017年です。

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先日、筑波大学大学院の @buku_t さんによる、こんなツイートを読みました。

高校時代、特に好きなことも夢とかも無くて、本屋に行ったときに偶然数学ガールに出会い、そこから数学が好きになってここ(数学専攻 博士課程)まで来たので、結城先生にリプ送るとき未だにめっちゃ緊張するw
https://twitter.com/buku_t/status/880652821603000321

結城は、このツイートに非常に感動しました。

『数学ガール』刊行から十年が経っています。当時高校生だった読者さんが博士課程にいるというのは、少しも不思議なことではないのですね。自著が数学が好きになるきっかけになったというのは、とてもうれしいことです。

この方は「本屋に行ったときに偶然数学ガールに出会い」とおっしゃっています。この「偶然の出会い」というのは、実は重要なことかもしれません。

数学ガールに限りませんが、本との《出会い》はさまざまです。

・学校の図書館で偶然出会う。
・ブックオフで偶然出会う。
・Twitterでふと見かける。
・友人がたまたま読んでいるのを見る。

人生は《出会い》で変わるものなのです。

 * * *

先ほどのツイートをなさった方は、数学専攻博士課程とのことですから、当然ながら結城よりもはるかに数学をよくわかっているはずです。

このような状況というのは、書籍の著者として感動的にうれしいです。自分ができないことを、読者がしてくれるということ。著者をはるかに越える読者が生まれること。これは端的にいって「最高」の喜びの一つではないでしょうか。さらに、自分よりも若い読者さんの役に立てたというのもうれしいです。私よりも未来に生きていく方の役に立つということ。それは自分がこの世にいなくなっても、大切なものがきちんと続いていくという手応えになるからです。

「本を書く」ことは自己顕示ではなく教育である。というのは、コンピュータ科学者ウルマンの言葉です。自分なりにやわらかく言い換えると、

 自分のために本を書くのではなく、相手のために本を書く。

ともいえるでしょう。教育というのは相手のためのものですから。

生徒の「なるほど!」は、教師の最高の喜びです。そして、生徒の「なるほど!」の延長には、教師が理解できない世界まで生徒が立ち向かってくれる期待があります。「なるほど!」と思った生徒はさらに学んだり、「だとしたらこういうこともいえるのでは?」と思ったり、「もっと深く考えたい」と願うでしょう。それは教師にとって大きな喜びです。知識を伝えただけではなく、もっとメタな態度や意欲や世界観を伝えたということですから。

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2013年に見た宮崎駿のアニメ『風立ちぬ』の中で、ドキッとする言い回しがありました。それは「創造的人生の持ち時間は10年」というものです。飛行機の設計にまつわるセリフですが、これにドキッとしないクリエイタはいないでしょう。

創造的人生の持ち時間は10年。

なかなか説得力があります。結城が初めての本を上梓したのは1993年。いまから約四半世紀も前のこと。それから結城は、プログラミング言語やプログラミング技術の本を10年以上書き、数学の読み物を10年以上書いてきたことになります。そして数年前から結城は「次の10年は何を書こうか」を考えています。

創造的人生の持ち時間は10年。

結城はそれを「mod 10で繰り返したい」と願います。

『風立ちぬ』を見てからすでに4年が過ぎてしまいました。でもそんなこと気にしません。

物書きは、生まれたときから死ぬまで物書きです。次の10年は、何を書いていこうか。次の10年は、読者に何を贈ろうか。次の10年は、どんな感動を、どんな知見を、どんな喜びを読者に示そうか。結城はいつも、そう思います。

 * * *

旧約聖書の中で神さまがアブラム(アブラハム)に約束するシーンがあります。

目をあげてあなたのいる所から北、南、東、西を見わたしなさい。すべてあなたが見わたす地は、永久にあなたとあなたの子孫に与えます。(創世記13章より)

結城はこのシーンに心動かされます。この聖書箇所は、《限界》というものがどこにあるか、それを示唆しているように思うからです。

もしも、自分が見渡す土地がすべて与えられるなら、できるだけ遠くを広々と見渡そうとするでしょう。目を上げて、自分のいるところから、すべての方向を見渡す。これはとても示唆に富む約束だと結城は思います。

自分の活動を制約するものは、環境や境遇ではないともいえます。自分の活動を制約しているものは、広く見渡そうとしない自分の側にあります。

限界を定めているのは、自分自身の思い込みです。

自分で自分の限界を狭く閉じるのではなく、目を上げて、自分のいまいるところから、四方を広々と見回そう。

自分で自分にかせをはめることをやめ、より良いものをより良い形で読者に届けたいと思う。

その仕事を結城はこれからも続けていきたいと願います。

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