
どうすれば執筆する本の題材が見つかりますか?(Q&A)
※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。
こんにちは、結城浩です。
「結城メルマガ」読者さんからの質問に答えるコーナーです。
質問は、必ずしも読者さんからの文章そのままではありません。結城が編集したり、複数人の質問を一つにまとめたりする場合があります。ご了承ください。
※なお、今回のQ&Aは結城が『数学ガール/ガロア理論』を刊行した頃に書いたものです。
●質問
新刊『数学ガール/ガロア理論』の刊行おめでとうございます。
今回はどのようなストーリーになるのか楽しみにしながら待っています。質問ですが、もしかしたら、すでにお答えになっていたかもしれませんが、「どのようにして本に書く題材を見つけ出すか?」を教えてもらえませんか?
私もいつか読者に喜んでもらえる本を書きたいと思っているのですが、文章の勉強はがんばるとして、どうやったら本の題材を見つけることができるんでしょう。あまり自分が見つけられるような気がしません!
●回答
拙著への応援ありがとうございます!またご質問もありがとうございます。「どのようにして本に書く題材を見つけ出すか?」ですね。なかなか興味深く、また難しい質問だと思いました。
まず、本の題材を見つけるというのは「難しいこと」だと思っています。いろんな条件が重ならないと本の題材は見つかりません。
・自分がその題材のことをわずかでも知っている
・その題材を自分が本にしたいと思う
・実際にその題材を本に書くだけの力が自分にある
・その題材は読者さんに必要とされている
・その題材を自分が本に書くだけの意味がある
そんなふうにたくさんの条件をクリアして、
「よし、この題材で本を書こう!」
という思いに至るのだと思います。少なくとも結城はそうです。結城は共著で本を書いたことがないので、自分の経験で話します。
今回は特に『数学ガール/ガロア理論』のことを書いてみようと思います。
数学ガールシリーズを書いてきて、「ガロア理論はどうしようかなあ」とずっと思っておりました。手頃そうな大きさの題材だし、具体的に進める部分もあるし、参考書もたくさんある。がんばって勉強すればなんとか書けそうだ。
でも実は、書くのをずっとためらっていました。その理由は、ガロアが決闘をして亡くなるという、非常にドラマティックな最期を迎えたという事実があったからです。ドラマティックであればあるほど、書籍の題材としては良さそうですが、でも「死」をはらんだドラマティックな要素が、若い人にどんな影響を与えるのだろう…その点がどうも気になっていたのです。
ある方から、「ガロア理論について数学ガールで書いてください!」と強いお勧めを受けていたのですが、上で述べた点が気になっていました。あるときふと、「そうか!あまりドラマに中心を置かずに、数学にフォーカスして書けるのではないか?」という思いがやってきて、よし、書いてみよう!と決心したのでした。その決心によって、書籍執筆を始めることができたわけです。
そしていま結城は「次はどんな本を書こうか?」と「題材探し」をしている状態です。もちろん、おぼろげながら「こういう題材の本を書きたい」という思いはいつもあります。だいたい、七冊分くらいの題材は常時あります。でも、書き始めるときには「よし、これについて書こう」という「決心」が必要になるようです。
結城は、執筆のエンジンが充分に掛かるまでは、何度も何度も、
「自分はなぜこの本を書きたいんだっけ?」
「どういう本を書きたいんだっけ?」
と頭をひねります。そして「結城メルマガ」でも何回か紹介している「手書きメモ」を書きます。「もがく」といってしまうと大げさですけれど、頭や手を使って題材をあれこれ転がす時間が必要なのです。
道を歩いていても、漫画を読んでいても、頭のどこかではいつもその七冊の題材をころころと転がしている。そして、何かの拍子にアイディアが湧く。そしてそれをメモする。それは、本の中に書くべき一つのセリフかもしれないし、ある情景かもしれない。またあるいは素敵な定理かもしれない。ともかく「読者にこれだけは伝えたい」というコアになる何かを探し続けているようです。
そのような探し物は、書き始めだけではなく、書いている間中もずっと続いています。探しながら書いている。きっとこの先に何かすごいものが見つかるはず、という確信を持って進んでいく。まるで、暗闇の地中を掘り進むモグラのように。きっとこの先になにかがある、そう信じて書き進みます。
ちょっと話を変えますね。
本を書くときの題材選びでは、あまり奇をてらったものは選ばないようにしています。
ええと、数学ガールはけっこう奇をてらっているじゃないか、という意見もあるかもしれませんが…私はあまりそうは思っていません。
題材選びでは、
・できるだけ王道を
・できるだけ本筋を
・できるだけオリジナル(本流)を
・できるだけあたりまえのことを
選びたいと思っています。
あたりまえのことをあたりまえに書いているように見えるけれど、いつのまにか、あたりまえじゃないものが立ち上がってくる。結城はいつも、そんな本を書きたいと願っています。
どこかで書いたことの再掲になりますが、ターナーの夕焼けの話をします。
画家ターナーの前にも夕焼けはたくさんあったけれど、ターナーが夕焼けを「見つけた」という話があります。つまり、ターナーの絵を見た人は、夕焼けの美しさに改めて気付くということです。
みんながいつも目の前に見ている。あたりまえだと思っている。しかし、うまく表現し切れていなかった美しさ、だれもそのようには表現していなかった喜び、おもしろさ、そのようなものを描く本が書けたらいいなと思っています。
それはなぜかというと、私たちの生活そのものが豊かになるからです。特別なものを特別な形で提供するのはつまらない。そうではなくて、私たちの身の回りにある、あたりまえのものが輝くような、そんな気付きを与える本が書けたらいいなあと強く思います。
いつも見ているから、よくわかっている…そう思っていた。でも違った。
空の色、草の香り、そして夕焼け。
その美しさやかぐわしさを再発見するのはすばらしいことです。
私はそんな本を書いてみたい。
物語の本に限らない。
法律だろうが、科学だろうが、無味乾燥にみえる題材だろうが、書き方一つ、切り口一つで、豊かな香りを放つような本にできるはず。
結城は、そのように思っています。
ご質問ありがとうございました。
何かの参考になればいいのですが。
あ、そうそう。本を書きたいという願いを持つことはすばらしいと思います。良い本は、いつの時代でも、どんな分野でも求められています。あなたの努力が豊かな実を結び、読者さんが豊かな香りを味わうような、すばらしい本が生まれることを願っています。
がんばってくださいね。
というわけで、今回のQ&Aは――
「どうすれば執筆する本の題材が見つかりますか?」
というお話でした。また次回をお楽しみに。
(Photo by webtreats. https://www.flickr.com/photos/webtreatsetc/5972016444/)
このノートは「結城メルマガ」Vol.009の内容を編集したものです。よろしければ、あなたもご購読くださいね。
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