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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年10月31日 Vol.292


おはようございます。結城浩です。

いつも結城メルマガをご愛読ありがとうございます。

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メモの話。

何か「新しいこと」や「おもしろそうなこと」や「やるべきこと」を思いついたら、 とにかくまずメモするようにしています。

その思いついたことにどんな価値があるかはあまり考えません。 実際に使うかどうかも考えません。 そういうのは、後でゆっくり考えればいいことです。 ちょっと時間をとってメモをすれば、忘れてしまう心配はなくなります。 メモするというのは(私にとっては)知的生活の大切な習慣になっています。

どういうツールがいいか、どこにメモをすればいいのか、 ということを気にする人がたまにいます。 もちろんそれは大事なんですけれど、 いざメモするときにはそこで迷わないようにしたいですね。 ツールのことも、後でゆっくり考えればいいことです。 とにかく思いついた瞬間に、忘れないうちに、メモするのが大事です。

紙に手書きでメモして写真を撮っておくこともあります。 iPhoneでSimplenoteを使ってメモすることもあります。 人に知られても困らない内容だったら、 メモをTwitterでツイートすることもよくあります。

メモする習慣が大事なのは、思いついたことを忘れないためでもありますが、 それだけではありません。「書き留める」という行為自体が、 自分の発想をうながす効果があるのです。 メモすることで、いったん自分の心や頭から「それ」 を取り出すからでしょうね。 思いついたことを取り出し、自分の外で形にする。 知的生活では、その習慣が大切だと思います。

ツールを気にするのもいいですが、 メモする習慣を付けるのも大事です。 メモする習慣があれば、それを改良していくことができるからです。 また「自分はどういうことをメモしたがるか」という業務分析もできます。

つまり、実際に自分がメモを取るという行為をする前は、 自分がどういうメモを取るか、 どういうシーンでどういう種類のメモを残したいか、 わからないということ。

ツールの準備を前もってすべて整えて、 それからメモを取り始めるのではありません。 メモを取り、その経験を元にツールを整え、 さらに整えたツールでメモを取り…… そのようなインクリメンタルなプロセスが大事。 結城はそんなふうに思っています。

あなたは日々、メモを取っていますか。

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夫婦と多数決の話。

先日、こんなツイートをしました。 たった一言、五七五です。

 多数決。夫婦の間じゃ使えない。

意思決定をするときに「多数決」はよく使われる手段です。 手を挙げるか投票するかはさておき、 全体のうち半数より多い意見の側を採用する、多数決。

でも、夫婦は二人しかいません。 二人の意見が異なったときには「多数決」は使えません。 だって、二人しかいないのに「多数派」は存在しませんから。

先ほどの「多数決。夫婦の間じゃ使えない。」を考えているとき、 結城の心の中にあったのは、C.S.ルイスの"Mere Christianity" という本の第6章に書かれている次の一文でした。

 They cannot decide by a majority vote,
 for in a council of two there can be no majority.
 (夫婦は、多数決で意思決定はできない。
 二人しかいないのに「多数派」は存在しないからだ。)

"Mere Christianity"は『キリスト教の精髄』という書名で翻訳も出ています。

 ◆『キリスト教の精髄』
 https://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4400520544/hyuki-22/

夫婦で意見が分かれたときにどうするかというのは、 実は深く考える価値のある問題です。 「互いに話し合いで決める」というのは当然としても、 ここでのポイントは、夫婦に関する重大な問題で、 話し合いを続けたにも関わらず意見が分かれたときにどうするか、 というところにあります。

どちらか片方が決め他方が譲るか、両者がばらばらになるか、 コイン投げで決めるか(乱択アルゴリズムだ!)、 そのいずれかになるでしょうか。

わが家では、 妻ではなく結城が最終決定権を持つと決めています。 いままでその権利を明確に行使したことはありませんけれど。

夫婦の間で多数決は使えないというのは、 「夫婦とは何だろう」という大きな問いにも繋がるテーマだと思います。

あなたはどう思いますか。

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名前の話。

先日、こんな質問をいただきました。

 歴史嫌いの子供に、歴史の魅力を伝えるとしたら、
 どんなことを話しますか?

これに対して、結城はこんなふうに答えました。

 まずは「歴史嫌いの子供」という認識をやめましょう。
 そしてその子供が「好きなこと」を見極めます。
 そうすれば答えが見えてきます。

質問をはぐらかしている回答のようですが、 結城はそれほど変なことは言ってないと思います。

名前というのは不思議なものです。 「歴史嫌いの子供」と名前付けをすると、 そのような視点から子供を見てしまいがち。

固定した視点から見ていると、 新しい発想が浮かびにくくなります。

別の名前、別の表現で言い直してみるのは、 問題解決のためにはいいことじゃないかな、 と思うのです。

それから、もう一つ。 「歴史嫌いの子供」というくくり方をしてしまうと、 そういう集団に対する答えを探してしまいます。 問いが一般的だと、答えも一般的にならざるを得ないからです。

でも「歴史嫌いの子供」というくくり方をやめると、 ひとりひとりの相手を知ろう、 個人としての相手を理解しようとするでしょう。 個別的な問いを自分で立てて、 その個別的な問いに答えようとするのです。

過度な一般化から逃れるのにも、 名前は有効かもしれないなあ……と思い、 あのような回答になったのです。

問題解決を行うときに、 その中心にあるものをどう呼ぶか。 名前をどう付けるか。 それは大切なことなのです。

なぜなら「名前をどう付けるか」は、 「問題をどう定義するか」に直結するからです。

 * * *


「好きなこと」と「得意なこと」の話。

勉強であれ趣味であれ「好きなこと」と「得意なこと」は必ずしも一致しません。

 「下手の横好き」

という言い回しはそのことを端的に表していますね。 上手くできない(得意じゃない)としても嫌いになるとは限らなくて、 むしろ好きな場合だってあります。

『数学ガール』の読者さんからもらう感想の中には、 「数学は得意じゃないけれど、この本を読んで好きになりました」 というものがあります。こういう感想をいただくのはうれしいですね。

そして「好き」と「得意」というのはどういう関係があるんだろう? と考えてみました。

 「好きなこと」というのは自分との関係であり、主観的。
 「得意なこと」というのは自分以外の基準が必要であり、客観的。

ざっくりと区別するとこのようにいえるかな、と思います。 もちろん「得意」も主観的な側面はあります。 他の人はそう思わないけれど、自分では得意だと思ってる、 そんなことはよくありますから。

とはいえ「好き」は主観的な要素が強く、 「得意」は客観的な要素が強いというのはおかしくはない区別でしょう。

そう考えると、

 「好き」は主張しやすい。
 「得意」は主張しにくい。

という状況も理解できます。

だって、「私は数学が好き」という主観的な気持ちは、 他から文句がつけようがないですから。 好き嫌いは内面的なものであり、 他の人が「いや、あなたは数学が嫌いだ」なんていえませんよね。 だから、安心して「私は数学が好き」といえます。

それに比べると、「私は数学が得意」 という主張をするのはやや勇気が必要です。 だって他の人から、

 「あなたのその状態で数学が得意なんていえるの?」

と言われちゃうかもしれないから。 いや、他の人からいわれなくても、 つい自分で、

 「自分は数学が得意なんて言えない……」

と思いそうです。しょぼんとしてしまいますね。

このように考えてくると、 他の人の目を気にするというのは、 ずいぶんもったいないことだという感じがします。

結城は「数学を学びたい」という気持ちはとても大切だと思います。 「私は数学が得意じゃない、だからもっと得意になりたい」 と前向きに考えることができる人もいるでしょうけれど、 必ずしもそういう人ばかりではありません。

だから、

 「好き」

という気持ちを育てていくのはいいことじゃないかな、 と思います。誰からも文句は言われない。 安心して「私は数学が好き」といえる。 そこで足場を固めた上で、次の行動を選択する。

これは数学に限った話ではありません。 身につけたい技術、手に入れたい知識、役立てたい経験。 どんなことにも当てはまりますよね。

そして、

 「好きこそものの上手なれ」

という言い回しを思い出します。

「私は○○が好き」と宣言してみましょう!

 * * *

それではそろそろ、 今回の結城メルマガを始めましょう。

どうぞ、ごゆっくりお読みください!


目次

はじめに
仕事の進化と集約 - 仕事の心がけ
SNSでの「さらし」について - Q&A
おわりに

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