嫉妬の感情と執筆の動機(本を書く心がけ)
質問
同じ業種の他の人が成功しているのを見聞きしたとき、嫉妬や後悔を抱くことはありますか。
回答
正直に書きますが、他の人が成功しているのを見て、嫉妬や後悔を感じることは滅多にありません。
いま「そういう状況ってあったかな?」と思い出そうとしてみましたが、思い出せませんでした。
「ああ、こうすればよかった!」と後悔することはたまにあります。でもそれは自分の判断ミスを後悔している状況であって、他人との関係で後悔しているわけではありません。「ああ、こうすれば、あの人がいま手にしている成功は、私のものだったのに!」という感情を抱くことは少ないようです。
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このように書くと、もしかしたら聖人君子のように聞こえるかもしれませんが、そういうのとは違います。嫉妬や後悔を超越して悟っているわけではないのです。
語弊があるかもしれませんが、私は、他人に対しての関心が薄いのかもしれません。
仕事の上で「あの人はライバルだ、あの人に負けずにがんばる!」とか、「今回はあの人に負けてしまった。次は勝つぞ!」という感情も薄いですね。
嫉妬の感情というのは、比較することから来ます。自分と相手を比較しなければ嫉妬は起きません。
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結城のメインの仕事は書籍の執筆ですから、表面的に見える「成功」の一つは、出版した本がたくさん売れることといえます。
でも他人の本が売れることと、自分の本が売れることは直接は関係ありません。他人の本がたくさん売れたからといって、自分の本が売れなくなるわけではありませんよね。
ですから、誰かが新刊を出したとか、ベストセラーになったとか、重版したとか、そういう話題で、自分が嫉妬することは基本的にありません。
他人の重版のニュースは「本が売れる可能性」を見せてもらっているわけなので、むしろうれしいですね。
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他人に関心が薄いと、他人と比較することが少なくなります。嫉妬する機会も自然と減るように思います。
本を出版したとき、各種ランキングはもちろん注目しています。非常に注目しています。
でもそれは、順位そのものを気にしているのであって、他人が書いたあの本よりもランキングが上だ!という喜び方は少ないと思っています。
比較をぜんぜんしないわけではありません。ロングセラーを続けていて、ランキングでランドマーク的になっている本がありますから。でもそこに「相手を負かしてやったぞ」という気持ちはありません。
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もともと私は、他人と比較してモチベーションを上げるタイプではないのかもしれません。
嫉妬の感情や、ライバル心や、あるいは怒りを仕事の原動力にするのは、私には難しいです。若いときに会ったある著者さんは、「○○という著者にだけは負けたくないという気持ちで書いている!」と強く語っていて、結城にはそういう気持ちはないなあと思ったものです。
結城は他人への関心が薄いのと対照的に、自分への関心は強いです。結城が執筆するときの動機の一つに、「本来ならこういう本が存在してしかるべきだ。私はそういう本を読みたいぞ!」という気持ちがあります。この気持ちは自分への関心から来ているのでしょうか。
自分自身に関心があるというよりは、自分の中の「本とはこうあるべきだ」という基準に関心があるのかも。自分の目でそれを確かめたくて本を作っているのかしら。
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嫉妬は感情です。
嫉妬は大きく揺れ動く感情です。
本を書くという私の仕事は、長い時間を必要とします。長丁場の仕事で、しかも意識のふらつきが小さいことが望ましい仕事です。意識のふらつきが大きいと、テキストの品質にむらが生じるからです。
私にとって執筆はそのような仕事なので、執筆動機の根底に「感情」があるのは好ましくありません。自分だけでもふらつきがちなのに、「嫉妬」のように他者の影響で大きく揺れ動く感情を仕事のベースにすることは、私には不可能です。嵐の船で書道の練習ができないように。
本を書く仕事は、森を抜けた仕事場で、静かに進めるものなのです。
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最後になりましたが、大前提があります。結城が自分の望む形で執筆できるのは、執筆によってまがりなりにも生活ができているからです。
つまり、ひとりひとりの読者さんが、結城の本を買って下さっていること、それが私の生活を支えています。それがなかったら、落ち着いて執筆をすることは不可能でしょう。
その点はもう、読者さんへの感謝しかありません。ほんとうに感謝しかありません。いつも、ありがとうございます。
結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2018年1月16日 Vol.303 より
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