既知から未知へ(文章を書く心がけ)
※全文を公開している「投げ銭」スタイルのノートです。
こんにちは、結城浩です。
「文章を書く心がけ」のコーナーです。このコーナーでは、文章を書くときに心がけたほうがよいことをピックアップしてご紹介します。
今回は「既知から未知へ」というお話をしましょう。
●既知から未知へ
「既知から未知へ」というのは、文章を書くときに、どういう順序で話題を書いたらわかりやすくなるかというお話です。
既知(きち)は「読者が既に(すでに)知っていること」という意味で、未知(みち)は「読者が未だ(いまだ)知らないこと」という意味です。
つまり、「既知から未知へ」というのは、
・読者が既に知っていることを先に書き、
・読者が未だ知らないことは後に書く。
というアドバイスなのです。
文章を書くことに慣れていない人はしばしば、読者が知らないことをいきなり書き始めてしまいます。読者がそのことを知っているかどうかを無視して、自分が一番書きたいこと、一番面白いところ、一番新しいことをどーんと書いてしまうのですね。
でも、読者が知らないことをいきなり書くのはあまりよくありません。少なくとも、多くの読者に向けた文章では避けた方がいいでしょう。
「既知から未知へ」を守って書くとはどういうことかというと…
・まずは、読者が絶対に知っていることを書きます。
そして、読者に「うんうん」と頷いてもらったり、
あるいは、読者に「知ってる知ってる」と心の中で思ってもらいます。
・次に、読者が絶対に知っていることを足場にして、
その足場からすぐに行けるところまで文章を進めます。
そして、読者には、
「まあ確かにね。それはそうなるね」と思ってもらいます。
・そのようにして進むうちに、
読者はあなたの文章の流れに慣れてきます。
また、いまから話そうとする話題にとっぷりと浸かります。
そのような状態になったところで初めて、
読者にとって新しいことを提示するのです。
そして、「へえ!そうなんだ、知らなかったよ」と思ってもらうのです。
このように「既知から未知へ」という順序を守ると、読者は、あなたが書く文章をスムーズに読むことができるのです。
文章を書くときには、この「既知から未知へ」の順序を意識してみてください。
●たとえばどんな順序になりますか
とても簡単な例を挙げてみましょう。
| 説明文(1)
|
| Greyadeesは、人の名前、イベントの予定、製品情報など、
| あなたが重要だと考える情報を自動的に取り出し、
| 読みやすいように整形し、レポートとして表示します。
|
| Greyadeesをインストールした後、あなたが行うことは、
| メールアドレスとパスワードを入力するだけ。
| 即座にあなたあてのレポートを作成します。
|
| Greyadeesによって、あなたは、
| 短い時間でも大量のメールが読めるようになるでしょう。
この説明文(1)は、Greyadeesというものが何かを知らない人にとっては、とても不親切な文章です。なぜなら、Greyadeesというものがそもそも何なのかを知らないまま、読者は文章を読み進めなければならないからです。
最初に文章をちょっと付け加えるだけで、ずいぶん読みやすくなります。それが次の説明文(2)です。
| 説明文(2)
|
| 私たちは毎日、メールを大量に受信します。
| それを読むだけでも長い時間が掛かってしまいますよね。
| 大量のメールを短い時間で読む良い方法はないでしょうか。
|
| Greyadeesは、あなたが受信したメールを解析して、
| 重要な情報を自動的に取り出すソフトウェアです。
|
| Greyadeesは、人の名前、イベントの予定、製品情報など、
| あなたが重要だと考える情報を自動的に取り出し、
| 読みやすいように整形し、レポートとして表示します。
|
| Greyadeesをインストールした後、あなたが行うことは、
| メールアドレスとパスワードを入力するだけ。
| 即座にあなたあてのレポートを作成します。
|
| Greyadeesによって、あなたは、
| 短い時間でも大量のメールが読めるようになるでしょう。
いかがでしょうか。説明文(1)よりも説明文(2)の方がずっと読みやすくありませんか。
「私たちは毎日、メールを大量に受信します」と言われて、読者さんは「うんうん、そうだよね」と心の中で思います。これがとても大切なのです。
「Greyadeesは…ソフトウェアです」と言われて、読者さんは「Greyadeesの詳しいことはまだわからないけれど、ソフトウェアなんだな」ということはわかります。このようにして順序だてて進むことが大切です。
もちろんこの場合、読者さんが「メール」や「ソフトウェア」という単語を聞いて「?」となるようでは困ります。この説明文(2)では「メール」や「ソフトウェア」という単語は読者さんにとって既知であるという前提で書かれています。
●どうして未知から書いてしまうんだろう
「既知から未知へ」の順序で書くんだよ、などと偉そうにお話ししましたが、私自身も、未知のことからいきなり文章を書き始めてしまうことがあります。でもそうすると自分だけが理解できる文章ができあがります。
どうして未知から書いてしまうんでしょうか?
我が身を振り返ってみますと、その理由は簡単でした。私は要するに「知ったかぶり」をしたいのです。
ほら、こんな話、あなたは知らないだろう?
こんな話を知っている私ってすごいだろう?
文章を書こうとするとき、こんな心理がついつい出てしまうのです。いきなり未知のことを書いて読者をびっくりさせたいのですね。やれやれ、困ったものです。
ここで私は、いつもの原則《読者のことを考える》を思い出します。「既知から未知へ」という順序を守って書くというのは、「読者のことを考える」という態度の一つの表れです。
既知から始めるなら、読者は安心して読み始められます。そして背景が充分理解できたところで、未知へと進みます。そうすれば、読者は興味を失わずに読み進められます。これは「読者のことを考える」態度といえるでしょう。
文章は、書き手の都合で書くものではありません。文章は、読み手に合わせて書くものです。「既知から未知へ」という順序はまさに読み手に合わせた書き方なのです。
ということで――
今回の「文章を書く心がけ」は、
「既知から未知へ」
でした。いかがでしたか。
また次回もお楽しみに!
(Photo by Walt Stoneburner. https://www.flickr.com/photos/waltstoneburner/7946581522/)
このノートは「結城メルマガ」Vol.002の内容を編集したものです。
http://www.hyuki.com/mm/
結城が書いた書籍『数学文章作法 基礎編』もぜひご覧くださいね。
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