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数学ガールのおもしろさ/本棚/TAOCP/恋人の自己肯定感/学ぶこと/つらい気持ちを人に話すとき/

結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2022年1月4日 Vol.510


目次

  • 「数学ガール」を書いていておもしろいと感じるところ - 本を書く心がけ

  • 本棚の本をどのように並べるか

  • TAOCPの読み方

  • 恋人の自己肯定感が低いことが関係の障害になっている - コミュニケーションのヒント

  • 「学ぶこと」をめぐって思うこと - 学ぶときの心がけ

  • つらい気持ちを人に話したいけれど、ためらってしまう - コミュニケーションのヒント


はじめに

結城浩です。

あけましておめでとうございます。

いつもご愛読感謝です。本年もどうぞよろしくお願いいたします。

それでは、どうぞごゆっくりお読みください。


「数学ガール」を書いていておもしろいと感じるところ - 本を書く心がけ

結城が「ミルカさん」という小さな1シーンを描いたのは2004年のこと。数学に関わる物語を書き始めてからおよそ18年経ち、もうちょっとで20年となります。

◆ミルカさん
https://www.hyuki.com/story/miruka.html

これまでに「数学ガール」シリーズを6冊、「数学ガールの秘密ノート」シリーズを14冊、「数学ガールの物理ノート」シリーズを1冊刊行しました。2022年2月には『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』が刊行される予定で、いまはせっせと初校ゲラを読んでいます。

◆『数学ガールの秘密ノート/図形の証明』

cakesでのWeb連載「数学ガールの秘密ノート」はこれまでに第1回〜第344回までを書き、まだまだ継続していくつもりです。

◆結城浩「数学ガールの秘密ノート」cakes Web連載と刊行書籍対応表
https://link.hyuki.net/cakesbook

そうやって「数学ガール」をせっせと書きながら「おもしろいなあ」と一人でしみじみと感じ入ることがあります。その「おもしろい」と感じるところについて、つれづれに書いてみたいと思います。まとまった話ではありません。

* * *

「数学ガール」はどんなところがおもしろいか。物語の中に出てくる数学の知識がおもしろいというのはありますが、それだけではありません。

数学の知識を、登場人物たちが何からどうやって見つけるか、理解するか、発展させるか。物語を読んでいるうちにその場に自分も参加する。そして、登場人物といっしょに体験する。そういう体験的なところもまたおもしろいんだと思います。

そこに書かれている知識を効率よく覚えておしまい……じゃない。そうじゃなくて、学んでいくプロセスを体験するから、ぜんぜん違うところまで応用が効くようになっている。そこが何ともおもしろいのです。

もちろん、おおもとには「そもそも数学がそういうおもしろさを持っている」という事実があります。書かれていることをちゃんと読んで、頭を使って考えて、手を使って試したり確かめたり話し合ったりすると、そこに書かれている以上のところまで応用が効くようになっている。

「数学ガール」を書いていると、彼女たちの対話にずっと耳を傾けることになります。そして、書いている私自身がすごく勉強になり、もっと学びたくなってくるのです。

* * *

たとえば、似ている二つの概念があって「この二つは同じかな、それとも違うのかな」と思ったとしましょう。そのとき単に検索して調べて「ああ、この二つは同じか」や「なーんだ違うのか」だけで終わらせるのはつまらないものです。

「同じかな、違うかな」となったときに、どちらが正しいかどちらが間違いかで話を終わらせない。もっとていねいに考えを進めて、「じゃあ、どういうところが同じで、どういうところが違うんだろう」という一歩を進めるのがめちゃめちゃ大事なんだと思います。

似ていると感じるのなら、何らかの意味では「同じ」といえるし、異なると感じるのなら、何らかの意味では「違う」といえるはず。そこから「どういうところが同じ?」や「どういうところが違う?」と考えを進めるのはとても自然なことです。

そして、「どういうところが?」に答えるためには、二つの概念をよりしっかりと観察し、分析していく必要があります。それは、自分の疑問を解決したいと思うがゆえの観察であり分析です。一言で言えば「主体的な学び」といえるでしょう。

* * *

数学は、とても微妙で複雑な構造を扱えるから、その「どういうところ」の表現も多様になります。数学に限らず、プログラミングでもそうかもしれません。

ものすごく簡単な例は『数学ガール/ポアンカレ予想』にも出てきた「合同」と「相似」に出てきます。二つの形がある意味では「同じ」だけど、ある意味では「違う」と言いたくなるときのこと。

「合同」や「相似」を学ぶときには、「合同とはこういうもの」「相似とはこういうもの」で終わりにしたくありません。どういう意味で「同じ」なのか。どういう意味で「違う」のか。そこまで考えを進めたいものです。

その「どういう意味」にはとてもたくさん種類がありえます。「あれとこれが同じって、どういう意味で同じ?」という問いかけはとても自然だし、考える価値があります。『数学ガール/ポアンカレ予想』では「合同」「相似」に加えて「同相」という概念が提示されます。

* * *

そんなふうに一般化して考えを進める体験を繰り返すなら、数学を学ぶことが、数学という枠を越えたところにも大きな影響を与えることがよくわかります。たとえば、誰かと話し合いをしているときに、お互いの使っている言葉が擦り合わせできなかったら、建設的な議論にはなりようがありません。そんなときに「あなたが言う◯◯とはどういう意味ですか」という問いは大きな役目を果たすでしょう。

「数学ガール」を読んでいると、対話の中で頻繁に質問が出てきます。何度も何度も出てきます。《数学トーク》をしている登場人物たちは、互いにその質問に誠実に答えようと試みます。彼女たちは互いに信頼し合っていて、安心して質問し合っているのです。

相手を倒すために議論を重ねるのではありません。そうではなくて、自分たちの理解を深めるために議論を重ねていくのです。

* * *

「数学ガール」では「どういう意味で?」を確かめるだけではありません。

「数学ガール」の中ではまた、頻繁に議論のスピードを制御しようと試みます。「ちょっとお待ちください」とテトラちゃんが言う。「ちょっと待った!」とユーリが叫ぶ。それは、よりよく理解したいと願うからです。議論に参加したいと願うからです。

「数学ガール」の中ではさらに、答えを待つ場面もよく出てきます。一人で考える時間を確保する。計算する時間を確保する。ここまでの話をまとめる時間を確保する。それもまた、自分の理解をより確かなものにしたいと願うからです。

数学に限りません。信頼し合う仲間と知的な議論を交わすことができるなら、どれほど楽しいでしょうか。どれほど豊かな時を過ごせるでしょうか。

「数学ガール」がおもしろいのは、そこに出てくる知識が頭に入るからだけではありません。

信頼できる仲間と、互いに学び合い理解を深め合う場がそこにあるからおもしろいのです。

そんなことを思いました。

これからも「数学ガール」「数学ガールの秘密ノート」「数学ガールの物理ノート」の応援をよろしくお願いいたします。

◆「数学ガール」
https://www.hyuki.com/girl/


本棚の本をどのように並べるか

質問

結城先生は本棚の本はどのように並べておられますか。

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