本を書き写す(文章を書く心がけ)
先日、ある方がネットで書いた文章を見て驚愕しました。その方は結城の本『数学文章作法 基礎編』をノートに書き写したというのです。
これまで『数学文章作法 基礎編』をタイプして写したという方は何人かいらして、それにもたいそう驚き、また感謝したものです。しかし今回は「手書き」で写したとのこと。書き写す作業を日課のように約五ヶ月続け、ノート一冊半になったらしいです。驚きです。
結城も、文章練習の一環として書籍を写すことがたまにありますが、そのときでもキーボードを使って入力します。手書きというのはなんともすごいです。
別に拙著の宣伝をするわけではありませんが、あの本を書き写すのは、確かに文章の良い練習になるような気がします。
いえ、私の本でなくてもいいです。自分が好きな本を書き写すというのは、長期的に効く栄養のような役目を果たすのではないでしょうか。
読み書きのスピードの違いは大事です。といっても早いから良い、遅いから悪いというのではありません。読み書きのスピードは大きく違うので、思考に違う影響を及ぼすといいたいのです。
著者は、どんな書籍でも短くて数ヶ月、長くて一年以上の時間を掛けています。それだけの時間を掛けて一つのテキストに向かったわけです。その時間の流れで、書かれてあるテキストの何倍、何十倍もの内容が著者の頭をよぎったはずです。
読者は、著者が掛けたその長い時間を一瞬で飛び越えることができます。書くスピードの何倍何十倍ものスピードで読むことができます。もちろんそれが悪いわけではありません。
しかし、読み書きに掛かるスピードの違いを想像することは有益でしょう。
「本を書き写す」という作業は、書き手が掛けた時間を擬似的にトレースしているといえるかもしれませんね。
結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年9月20日 Vol.234 より
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