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テキストを介した信頼(本を書く心がけ)

ここ十年ほど数学読み物を書き続け、十数冊の本を上梓しての知見の一つを書きます。それは「数学をできるだけ正しく描く努力をし、学ぶ喜びと困難を表現することができれば、数式がたくさん出てきても、安易な面白みを追求しなくても、専門家を含むたくさんの方が応援してくださる」ということです。

数学の面白さは、数学そのものの中にあります。だから、数学をきちんと書くことができるなら、わずかでもその面白さを描くことができるなら、ちゃんと読んでくださる読者はいらっしゃるし、ものすごく応援してくださる。そのことを強く感じています。

本を書くときには《読者のことを考える》原則が大事なのは言うまでもありません。でもそれだけではなく、書き手自身が「なるほど!」と思ったり、「これはすごい!」と実感することが大事だと思います。そのためには、著者は学び続けなくてはいけません。学ぶから感動があり、学ぶから驚愕があるのです。

著者が「なるほど!」と思わないのに、読者が「なるほど!」と思うことは少ないし、著者が「すごい!」と思わないのに、読者が「すごい!」と思うことは少ないのです。

著者の仕事は、感動を作り出すことではなくて、感動を伝えるところにある、ともいえます。著者は、感動を言葉で伝えるのが仕事です。言葉を選び、順序を変えて、読者に送り出す。そのクラフト作業が著者の仕事です。感動を見つけられていないのに、言葉をいじくって読者に感動を届けることは不可能です。

人間の感動は、人間の心の中に生まれます。ですから、読者の感動は、読者の心の中に生まれます。文章を読んで、心の中に、読者自身が感動を生み出すのです。

それは、プログラミングに似ています。プログラマはプログラムを書いて、実行ボタンを押すしかできません。あとはコンピュータに委ねます。プログラマよりもはるかに高度なことができるコンピュータに、委ねるしかありません。コンピュータが期待通りのことをできるかどうかは、プログラムという言葉に掛かっています。

著者はテキストを書いて読者に送ることしかできません。あとは読者に委ねます。著者よりも想像力が豊かで、多彩な経験をしている読者に、すべてを委ねるしかありません。読者が感動するかどうかは、心のトリガーを引くテキストに掛かっています。

もしも著者がテキストを適切に書くことができたなら、著者とは違う世界に触れている読者が、読者の世界の中でそのテキストを結実させることができるでしょう。

読者にテキストが渡った後での「読者に対する著者の無力性」について、著者は十分に意識する必要があります。実行ボタンを押して送り出した後は、著者はもう何もできないのです。

「著者に対する読者の優位性」を意識するのも大事です。読者はいつでも本を閉じる強権を有しています。そして、その一方で、著者以上にそのテキストを展開・活用できる力も持っているのです。

著者ができるのは、テキストを作ることです。あとは読者を信頼するしかありません。読者を信頼する気持ちがなかったら、本を書く意味はほとんどありません。

読者はすごい。すごいはずだ。著者である私とは違う世界をたくさん知っているはず。私が見てもいない経験をたくさんしているはずだ。そのようなすごい読者に、このテキストを届けられたら、想像をはるかに越えたことが起きるはずだ。著者としての私は、テキストをしっかり作り、伝えることまでは頑張ろう。そしてそこから先は信頼している読者に任せよう!

著者は読者にテキストを介してメッセージを送ります。著者である私は、読者であるあなたを信頼します。そして力の限り磨いた言葉をあなたに伝えます。そのような心意気が大切だと思っています。

現代社会で、著者が面と向かって話すことができる読者はほとんどいません。でも、本という形を使うなら、北海道から沖縄まで、いや全世界に言葉を送ることができます。

テキストが読者に届いた後、著者ができることは何もありません。ただ、テキストを介して読者の心に化学反応が起き始め、何かしら「すごいこと」が起きることを期待するだけです。そのようなことが起きるという相互信頼によって、執筆も読書も成り立っているのではないでしょうか。

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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2016年11月8日 Vol.241 より

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