調べるべきか、聞くべきか(教えるときの心がけ)
たとえば、新入社員。仕事をしていて、わからないことが出てきたとします。そんなとき、どうするか。
大きく二つの道があるでしょう。
・ひとつは、自分で考えたり調べたりする。
・もうひとつは、先輩社員や上司に聞く。
この二つ、つまり「調べる」と「聞く」の二つの道です。
二つの道のどちらを選ぶべきかというのは、一般的にいえばとても難しい問題です。というのは、
どういうことは自分で調べるべきか。
どういうことは他人に聞くべきか。
その判断には、経験の差が如実に出てくるからです。
あちこちの会社では、新入社員と先輩社員のあいだで、この判断を巡るトラブルが起きているはずです。いや、会社に限らず多くの組織で起きているでしょうね。
どうしてトラブルになるかというと、「調べる」と「聞く」のどちらでも、まずい結果になる場合があるからです。
一つの場面を想像してみましょう。
新入社員が「先輩の時間を奪うのは良くないし、自分の勉強にもなることだから」と思って時間を掛けて調べる。そこに先輩社員がやってきて「そんなことに時間かけるくらいなら、まず聞きに来てほしいな」とたしなめる。そんな場面はいかにもありそうです。
逆の場面も想像できます。
新入社員が「これはどういうことでしょうか」と先輩社員に聞きにいく。すると先輩社員は苦い顔をして、「そんなことまで教えなくちゃいけないのか。少し調べればわかるだろう」とたしなめる。そんな場面もありそうです。
新入社員としては、そもそも「調べる」べきか「聞く」べきか、その判断がつかないから困っているわけです。調べても怒られる、聞いても怒られるなら、
「どないせいちゅうねん(どうしろというのか)」
という気持ちになるでしょうね。難しいところです。
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よく考えてみると、新入社員は仕事にまだ慣れてなくて、「調べる/聞く」の判断がうまくできていないわけです。
それと同じように、先輩社員の方も、「仕事に慣れていない新入社員の扱い方」という仕事にまだ慣れていないといえます。ややこしいですけれど、わかりますよね。
先輩社員は仕事はできるし、判断もできる。でも、「自分がやっていることを適切に言語化して、新入社員に伝える」という、一つレベルの高い仕事はまだうまくできないのです。
ですから、「調べる/聞く」の判断を巡って行き違いが起きるのは、しかたがないともいえるでしょう。
知識の共有や経験の伝達に効く万能薬は、なかなかありません。
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万能薬はありませんが、問題に直面した場面を今後に生かす手はあるかもしれません。
それは、先輩社員が新入社員に教えるときに、多少時間がかかるのを覚悟して、
メタ情報まで共有しようと試みる
ことです。メタ情報というのは、情報に関する情報や、情報を得るための情報のことです。
たとえば、先輩社員が新入社員に対して「そんなことに時間かけるくらいなら、まず聞きに来てほしいな」といいたくなったときには、「そんなこと」の部分をできるだけ明確化しようと試みるのです。たとえば、次のように。
「プロジェクト固有のことは、まず聞いてほしいな」
「調べて10分以上かかりそうなら、聞きにきてほしい」
あるいは逆に、先輩社員が「そんなことまで教えなくちゃいけないのか。少し調べればわかるだろう」といいたくなったときにも、「そんなこと」の部分をできるだけ明確化しようと試みましょう。たとえば、次のように。
「マニュアルに書いてあることについては、聞きに来る前にまず調べるんだよ」
「余裕があったら見ておいてという話は、すぐには聞きにこないでほしいな」
つまり、先輩社員が新入社員に教えるときには、情報そのものだけではなく、情報についての情報(メタ情報)も伝えるということです。
そうすると、新入社員の筋がよければ、情報の得方、質問のポイント、調査するときのコツ、「調べる/聞く」の判断も次第にうまくなるでしょう。
さらに、先輩社員の筋がよければ、メタ情報を伝えようと試みる中で、新入社員の教育カリキュラムの問題点や、社内の情報共有のあり方についても知見が得られるでしょう。
理想をいうなら、先輩社員は忍耐強く新入社員に接するのがいいですね。忍耐強く接するといっても、無限に付き合って手取り足取り教えてあげるという意味ではありません。何を教え、何を教えないかを注意して区別するということです。
「調べる/聞く」の判断の難しさは、会社に限らずあちこちの組織で起きているはずです。それを単なるトラブルで終わらせてしまうのはもったいないことです。先輩社員と新入社員が互いを非難し合うのではなく、先輩社員と新入社員の両方にとって「学びのチャンス」や「改善のきっかけ」になるのではないかと思います。
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「何を調べ、何を聞くべきか」を判断するとき、大前提として先輩社員と新入社員との間に、ある程度の「信頼関係」が必要です。
もともと経験にギャップがあるのですから、お互いにそのギャップを意識しつつ進まないと、簡単にケンカになるでしょう。
先輩社員「こんなこともわからないのか。自分で考えろ」
新入社員「教えられていないのにわかるわけがない」
先輩社員「自分勝手に考えるな」
新入社員「自分で考えろといったではないか」
まるでコントのような対話が生まれてしまいますね。
不信感がある相手同士で教えたり学んだりするのは、大きな困難があるものです。
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経験や知識だけではなく、学ぶ態度の点でも先輩社員と新入社員のあいだにはギャップがあるでしょう。
先輩社員は経験があり、社内や業界の様子がわかっています。なので「どんどん自分で学ばなくてはいけない」という自覚があるでしょう。
しかし新入社員はまだ右も左もわからないため、学ばなくてはとは思っていても、それが具体的な行動に結びつきにくい可能性があります。
そのギャップを自覚しないと、効果的な経験の伝達はなかなか難しいでしょうね。
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以上「調べるべきか、聞くべきか」というお話でした。
仕事上のトラブルを解決するだけではなく、そのトラブルを通して、より大きな学びや、相互理解に結びつくといいですね。
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結城浩の「コミュニケーションの心がけ」2017年8月8日 Vol.280 より
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