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自分なりに学び、発表して楽しむための工夫(学ぶときの心がけ)

結城浩

結城は2014年に「古今和歌集を読む」という活動を始めました。ときおり年単位(!)で休んだりしつつも、ぽつぽつと続けています。こういう活動はなかなか楽しくて好きです。

活動の中心はnoteで公開している「古今和歌集を読む」という無料マガジンです。

◆「古今和歌集を読む」マガジン

古今和歌集から適当な歌を選び、古語辞典を調べ、参考書を読みます。そして現代語訳(概要)を作り、その歌に登場した古語の意味を書き、文法事項を簡単に説明します。それで一本のノートにします。

そんなふうにしてこつこつ続けてきましたが、これまでに80本以上のノートができました。ちょっとした数ですね。また何年か続けたらもしかしたら100本に達するかもしれません。特に本数を稼ごうとはしていませんけれど、そういう日が来たら楽しいです。

「古今和歌集」を選んだことにはまったく意図はありません。百人一首や徒然草、枕草子などには親しみがありましたが、古今和歌集は特に意識したことはありませんでした。本当に、あるときふと「そうだ、古今和歌集を読もう」と思い立って読み始めたのです。

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結城は別に古文の専門家ではありませんし、専門家の先生に習っているわけでもありません。何冊か本を読み、古語辞典を引いて書いているだけです。私が書いたものに何かしら学術的意味があるわけではありませんし、新発見もありません。純粋に私は自分の楽しみとして読み、書き、公開しているのです。

その基礎になっているものはまちがいなく、中学と高校で学んだ古文の知識です。古文単語や古文文法を覚えたり、有名な古文に触れたりしたことは、古今和歌集を現在私が読む上で計り知れないほど役に立っています。

ああそれから、百人一首が好きで古文に精通していた祖母の影響もあるでしょう。子供の頃に歌をたくさん覚えました。それでも祖母にはまったくかなわなかったのですけれど。

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古今和歌集ができたのは十世紀(!)のころ。現代からなんと千年以上も前の文学作品を味わえるというのは素敵なことだと思います。古典文学を味わうときにいつも思うのですが、人の気持ちは千年経ってもあまり変わりません。社会情勢が変わったり、文化も変わったりしますけれど、人間そのものはそれほど変化しないのですね。

先ほどは「純粋に自分の楽しみとして」と書きましたが、公開している以上、他の人に読んでもらえるのはうれしいことです。私がよくノートに書いているのは「恋の歌」です。事物や季節を詠んだ歌もいいのですが「人間そのものは変化しない」と感じるのはやはり恋の歌だと思うのです。

たとえばこんな歌があります。

花筐(はながたみ)めならぶ人のあまたあれば忘られぬらむ数ならぬ身は(読人しらず)

現代語にするなら「あなたには、花籠の編み目がぎっしり並ぶようにたくさんの見比べる人がいますから、きっと忘れられてしまうでしょうね、取るに足りない私などは。」となるでしょう。

ここには「私なんかどうせ」という卑屈な気持ちが詠まれています。また「あなたには、見比べるほどの人がたくさんいるのだから」なんて他の人と比較する(比較される)気持ちも詠まれています。千年前の人も、現代の人も、同じような気持ちを感じているのですね。こんな「私なんてどうせ」もまた、恋の歌なのです。

こんな歌もあります。

◆逢ふまでのかたみも我はなにせむに見ても心の慰まなくに(読人しらず)

現代語にするなら「逢うときまで(これを見て気分をまぎらわせて)というあなたとの思い出の品なんて、私にとっていったい何になるでしょう。何にもなりませんよ。あーあ、こんなものを見ても心が慰められることはないんですからねえ。」となります。

ここには「次に逢うときまで」として渡された品物なんて意味がない。あなたに逢えるまで、こんなもので気分が晴れたりしないんだよ!という恋心が描かれています。こんな気持ちもまた、千年前でも現代でもまったく違いはありませんね。

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2014年9月29日の結城メルマガ(Vol.131)で「古今和歌集を読む」という活動を始めたときの気持ちを、結城は次のように書いていました。

 結城は、言葉を手掛かりにして豊かな時間を過ごすことに関心があります。言葉はさまざまな思考や記憶や感情を引き出す手掛かりになってくれます。説明文でも小説でも数式でも短歌でも。ツイートでもメルマガでも。
 今回のこの「古今和歌集を読む」という文章を通して、何かが始まるといいな。まずは、こつこつ進んでみたいと思います。

2014年9月29日の結城メルマガ(Vol.131)

振り返ってみると、2014年に始めた活動は、確かに私にとって豊かな時間を提供してくれているように思います。

何がどんなふうに実を結ぶかはわからないけれど、始めてみること。そして、たとえ途中で長い中断があったとしても気にせず再開すること。上手か下手かは関係なく、専門家か素人かも関係なく、活動の記録をきちんと残すこと。そしてときどき振り返ってみること。

そのように活動を展開するのは、とても楽しいことだと思います。

特に「活動の記録」は重要です。「古今和歌集を読む」という活動の記録は80本以上のノートとして残っています。そしてまた、その活動を始めたときの気持ちは「結城メルマガ」という活動の記録に残っています。それらが重なり合う和音のようになって、自分の時間を豊かにしてくれると感じます。

新たな活動を始めたり、休止していた活動を再開したり、書き溜めていたものを公開したり、活動全体を記録したり……ぜひ、あなたもやってみましょう! 何年後かに振り返ったとき、きっと宝物を発見しますよ!

以上「自分なりに学び、発表して楽しむ」というお話でした。

結城浩のメールマガジン 2021年9月7日 Vol.493 より

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